アフレコ編

さいしょ

「くらえ! 流星閃光剣シューティングスターフラッシュ!」


「私の剣のさびとなれ! コンチェルトオブソニック!」


「紅き闇より舞い降りたし風よ、汝荒れ狂う刃となりての者を喰らい尽くせ。スパイラルエクスプロージョン!」


「悪いな。この戦いギャンブルには負けられないんでね。地獄へ誘う七人の死神セヴンスヘヴンジョーカー!」


「愚かな。闇に抱かれて眠れ。安息なる死ダークレクイエム!」




「俺たちは負けない!」


「ふっ! 姫様に仕える剣は簡単には折れぬ」


「らっくしょー☆ 当然の結果だネ♪」


「悪いな。勝利の女神はいつも気まぐれなのさ」


「愚かなる下等種族どもよ。われに勝とうなど千年早いわ!」




「こんなところで、負けるわけには……」


「くっ、殺せ……」


「もう、サイッテー! 信じらんない!」


「くっ! どうやらチップがそこをついちまったみたいだな」


「馬鹿な! 我が貴様に負けるなどと……!」




「はい、カットー! お疲れ様でしたー」


 ヘッドホン越しにスタッフの合図が掛かると同時に、勇者、女騎士、魔法使い、遊び人、魔王の五人はそれまでの真剣な表情から一転して、やっと終わったかとホッと息をついた。疲れ切った勇者たちの居る録音ブースに、隣室から若いスタッフが駆け寄ってくる。


「お疲れ様でしたー。とりあえず今ので必殺技発動時、戦闘勝利時、敗北時の三パターンの収録全部OKっす! いやー、やっぱ流石っすねー。ここまで全部一発OKっすもんねー」


 スタッフは目を輝かせながら勇者たちを褒め称える。それを引きつった愛想笑いで聞きながら勇者たちは、これがあと二本もあるのかーと心中で嘆いた。




「次っての収録でしたっけ?」


 休憩室の長テーブルに突っ伏しながら誰にともなく勇者が訊ねる。それに答えるのは勇者の正面に座った魔王だ。スケジュール表を見ながら答える。


「次は、えっと……さっきのが『ストリートヒーローズ アルティメットバトル編』だったので、この次が『サウンドノベル ゆうしゃたちの夜編』で、最後が『ときどきメモリアム ボーイズ&ガールズ編』ですね」


 プライベートではいつも爽やかで、『王子系魔王』と言われている彼もやや疲れた顔をしている。余程今日の仕事はこたえるらしい。それもその筈。アフレコ三本録りの一発目にあたる『ストリートヒーローズ アルティメットバトル編』がたった今やっと終わったばかりなのだから。


 ちなみに『ストリートヒーローズ アルティメットバトル編』は対戦格闘であり、『ゆうしゃたちの夜』が雪山にある山荘で殺人事件が起こる推理モノ、『ときどきメモリアム』が学園を舞台にした恋愛SLGとなっており、これらの多ジャンルを一つのストーリーに仕上げた、というよりはぶち込んだ、『ブレイブワーク 勇者のお仕事』が家庭用ゲームソフトとして来年あたりに発売予定となっている。今回はそれの声録りを行うため、勇者たちは都内某所のスタジオに早朝から収録が終わるまで缶詰となっている。


「同じ日に三つとも同時収録なんてどうかしてますよねー」


 勇者が言う。日頃冒険ばかりしていて体力HPには自信がある勇者だったが、今回の仕事は長丁場になりそうだと考えると自然と溜息も漏れる。


「しかたないでしょ? これも仕事なんだから。私たちは与えられた仕事をきっちりこなすしかないんだもの」


 愚痴をこぼす勇者をたしなめたのは意識高い系女子の魔法使いだ。朝食を最近スムージーで摂るようになった彼女は、外国の友達も居ないのにこのところSNSの投稿を何故か毎回外国語でおこなっている。


「それは確かにそうですけど、でも僕たちが仕事選ばないからって、一つの作品にこんなにジャンル詰め込むのは流石にヤバいでしょ?」


 なおもぼやく勇者を魔王が大人の意見でもって納得させようとする。


「まあ、でも『ブレイブワークのキャラクターを素材にどんなゲームがしたいか?』というアンケート結果で『格ゲー』『推理モノ』『恋愛モノ』の三つがまさかの同率首位になってしまったらしいですからね。上層部も苦肉の策らしいですよ?ただ、案外カレーライスとカツを合わせてカツカレーになったみたいに人気作になるかも知れないとも言ってましたし。そうなったら頑張ってる甲斐もありますよね」


「カツもルーも掛かってないですよこんなの。僕らライスに迷惑と苦労が掛かっただけの辛いツレーライスしか完成しませんけど」


「そういえばさー、遊び人さんってどこ行ったのかなー?」


 勇者をガン無視して、魔法使いが誰にともなく訊ねる。そういえば先程から遊び人の姿が見当たらない。それに答えたのはやはり魔王だ。


「ああ、遊び人さんはこのあと別録りがあるみたいでそっちに行ったみたいですよ」


「別録り?」


 訝しんだ様子で勇者が訊ねる。


「そういえばー、遊び人さんが言っていたのを私も聞いた気がしますー」


 やけに間延びした口調で金髪で甲冑姿の女騎士が魔王の後を繋ぐ。収録中は『私の剣の錆となれ!』などと高潔で気高く、広く世間一般に浸透している『テンプレ女騎士』を演じてはいたが、実際の彼女は『あっ、チョウチョさん待ってー』みたいなタイプの齢二十一歳の妙齢の女性である。そんな彼女は四葉のクローバーを見つけるのが異様に上手い。


「なんかー、近々遊び人さんを主役にしたゲームが発売されるみたいですよー?」


「え? それマジですか? 女騎士さん」


「はいー。まじだと思いますよー。たしかー『遊び人の$おうちでカジノ$』とかってタイトルだったみたいですけどー」


 それを聞いた勇者が大きく落胆した様子を見せる。


「うわー。マジかー。遊び人さんとうとうスピンオフ作品まで発売するんスかー」


「はいー。聞いた話だとー、発売日をスーパーマルオさんの最新作に合わせるみたいですよー?」


「うわー。それもマジかー。それベンテンドーにフルボッコからのオーバーキル後に死体蹴りされるパターンのやつですよ絶対」


 株式会社nikataの強気な経営姿勢に疑問を呈する勇者に、魔王が「でも」と意見する。


「ここ最近の遊び人さんの人気は相当ですからねー。ひょっとしたらひょっとするかも知れませんよ? この前発売した遊び人さんのデビューCDも結構売れてるみたいですし」


「あー。なんかそれ雑誌で読んだ気がしますねー。なんかアレでしょ?一部の若い子を中心に遊び人さんって『yoasobi夜遊び王子』みたいな感じで崇められてるんですよね?」


「ゆ、勇者さん、どうして今『夜遊び』を英語表記にしちゃったんですか?」


 勇者の発言に肝を冷やした魔王がすぐさま質問する。


「いや、特に意味は無いです。変換ミスとかじゃないですか? 特に何かに乗っかったとかじゃないんで」


「そ、そうですか」


 ならばこれ以上追求して、知らず知らずに勇者が隠していた本当の声を聞かされたらマズイと感じて魔王は口をつぐむ。後を繋ぐように魔法使いが口を開く。


「でもそう考えるとやっぱり最近の遊び人さんの人気って凄いよね?」


 魔法使いの言葉に一同頷く。


「そういえば最近顔つきも昔と変わった気がしますね。どこか自信に満ちあふれているというか」


「確かに魔王さんの言う通り前に比べて雰囲気イケメンになった気がするよね」


「そうですねー。お顔を白く塗ってピエロさんみたいにしていた時と比べるとたしかにカッコよくなりましたよねー」


 魔法使いと女騎士の女性陣二人が肯定的な意見を口にする。と、


「僕は昔の遊び人さんの方が好きでしたけどねー」


 すぐさま勇者が否定的な意見を出す。あまり余裕が無いのだろうか。


「そんなこと言って勇者、あんた主役の座を遊び人さんに取られそうで焦ってるんじゃないの?」


 魔法使いがニヤニヤしながら訊ねると、やっぱり余裕が無かったのか、割と全力で勇者が否定しにかかる。


「いやいやいや、違いますー。僕はそういうの一切気にしないタイプの主人公なんですー。それに僕『ギャンブル好きな男が好きー』とか言ってるタイプの女子はキライなんですー。趣味が読書で休日にはお菓子作りとかしたりして朝食のウインナーをタコさんにしちゃうような女の子が好きなんですー。スムージーで朝食済ませちゃう系女子は苦手なんですー」


「キモ」


「あー! 今! 今今今! 聞いた! 聞きました!? コノ人、僕ニ、酷イコト言ッタ! 僕キモクナイヨ! 勇者ダヨ!」


「なんで急にカタコトなんですか」


 扱いに困った魔王がどう処理したものかと困り顔になりながらも、それでも一応ツッコむ。これ、今日も長くなるのかなーと魔王は嘆息した。

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