最終話 愛しい人と

 春が来て、華月たちは高校2年生になった。

 相変わらずクラス担任は京一郎で、華月と光輝、友也、歌子の4人は同じクラスだ。クラス替えが行われたはずだが、京一郎が手を加えたのかもしれない。


「そういえば、白田くん、後輩に告白されたんだって?」


 ある日の昼休み、歌子が華月とお昼ご飯を食べながら言った。それに対し、華月は苦笑いを浮かべることしか出来ない。

 いつの間にか、積もる話をする時は屋上に行くことが恒例になった。何度も鍵を借りに行くため、鍵当番の先生に顔を覚えられる始末だ。

 光輝は元々整った容貌をしていることもあり、転校してきた時から女子に絶大な人気があった。しかし華月と付き合い始めたことで、同学年の女子から好意を寄せられることはなくなっていたのだが。


「……今年の新入生は、知らないから」

「まあ、その全てに『俺には彼女がいるから』って突っぱねてるみたいだけどね」

「──っ、何で無駄に声真似うまいの!?」


 歌子の声真似が光輝によく似ていて、華月は思わずドキッとした。

 顔を赤くする親友にニヤリとした顔を向けると、歌子は何かに気付いて大きく手を振った。


「おーい」

「お、2人共もう食べてるのか?」

「友也くんたちが遅いからでしょ?」

「日直の仕事が長引いたんだよ」


 華月が振り返ると、丁度光輝と友也がドアを開けて屋上に入って来るところだった。

 さっきまで話していた話題の人物の登場に、華月の頬が赤くなる。それに気付きつつ、歌子は「噂をすればってね」と笑った。


「噂?」

「そう。光輝くん、また告白されてたって聞いたから。華月に報告してたの」


 歌子は、光輝と友也のことを名前で呼ぶようになっていた。華月がそうしているのを聞いて、仲間外れだと許可をもぎ取ったのである。


「まあ、そんな感じで……」

「今年5回目だっけ? 去年より多くね?」

「誰に言われても、応じるつもりは一切ないけどな」


 華月の隣に胡座をかき、光輝は苦笑する。弁当箱の入った小さな布鞄を置いて、華月と顔を合わせる。


「彼女ならいるし……」

「出たよ、光輝の惚気のろけ

「惚気じゃない。事実だ」


 カッと顔を赤くした光輝を「はいはい」とあしらった友也は、光輝の横、歌子の隣に腰を下ろした。彼は、売店で買ってきたコロッケパンとあんパンを今日の昼食にするらしい。

 袋をやぶきコロッケパンにかぶりつきながら、友也が「そういえば」と口にする。


「この前天界に帰ったんだけど、師匠がエンディーヴァのことを教えてくれたぞ」

「父さんの師匠、ルシュリアさんが?」

「ああ。何でもアズールとオランジェリーを決闘で戦闘不能にして、言うことを聞いてもらえるようになったらしい」

「……あのエンディーヴァが」


 臆病で消極的だった兄のことを思い出し、華月は目を見張った。

 華月もエンディーヴァと手紙のやり取りはしていたが、兄姉とは何とかやっている程度のことしか書いていなかった。その裏で決闘までしていたとは、と驚いたのだ。

 華月の反応に、友也も頷く。


「びっくりだよな。エンディーヴァはそれでも無理強いはせず、お願いするんだとさ。少しずつアズールたちの信頼を得て、黒龍と共に魔界の統治を頑張ってるんだと」

「そっか。よかった……」

「華月、わたしもいつか魔界に行けるかな?」


 胸を撫で下ろした華月に、歌子が尋ねる。

 歌子の手元には母親が作ってくれた弁当があり、ひょいっと卵焼きを口に放り込む。甘めの味付けのそれを含め、彼女の母親は弁当作りに目覚めたらしい。


「うん、きっと行けるよ」

「わたしだけ、置いてかれたもんね。当然と言えば当然なんだけど、目茶苦茶心配してたからさ」

「歌子……」

「ふふっ。こうやってみんなでお弁当食べれて、本当に嬉しいよ」

「わたしも」


 華月と歌子は笑い合い、それを見て光輝と友也も優しい表情をする。

 それからいつも通りの雑談が始まり、和気あいあいとした昼休みはチャイムの音で解散となった。

 次の授業へと走る歌子と友也に遅れないよう駆け出そうとした華月を、光輝が引き留める。


「華月」

「何?」

「……今夜、忘れるなよ」

「うん、わかってる」

「なら良い。行こうぜ」

「……うん」


 光輝が華月の手を取り、2人は階段を降りるまで密かに手を繋いでいた。


 ☾☾☾


 放課後。華月と光輝の姿は、高校近くの公園にあった。

 2人の前にはキョーガがおり、飛ばしていた幻蝶が戻って来るのを迎えて報告を受けていた。それが終わり、ニヤッと笑う。


「揃ったな? じゃ、始めるか」

「「はい」」


 声を揃え、華月と光輝は前を走るキョーガを追う。彼らが進む度、魔力の気配が濃くなっていく。

 魔界から戻ってからも、2人は度々帳町にやって来る魔物を討伐していた。彼らが魔力の使い方を学ぶ場として、キョーガが相変わらず指導している。

 今回の魔物は、体長3メートルはありそうな巨大な熊だ。1頭でもてこずりそうだが、それが3頭いる。


「華月、あのリーダーから狙うぞ」

「わかった」


 光輝が指定したのは、3頭の中でも最も大きな個体。体長4メートル近くはありそうだ。それが、他の2頭に指示を出して動かしているように見えた。

 狙われているとわかったのか、リーダー熊は1頭を前に出させた。


「ガアッ」

「くっ……『爆』!」

「ギャアッ」


 1頭が光輝に襲い掛かるが、剣を振った瞬間に生まれる爆発に呑まれて悲鳴を上げた。しかし致命傷には程遠く、熊は黒煙を振り払って怒りに任せて腕を振るう。

 それを剣で受け止め、光輝は押し負けると見るやもう一度魔力を剣に流し込んだ。

 剣が白く輝き、熊が怯む。


はぜぜろよ。──『爆光ばっこう』!」

「グアッ」


 今度こそ熊の右腕を吹き飛ばし、致命傷を与える。黒煙を上げて倒れる仲間を踏み越え、次の熊が咆哮した。


「次の相手はわたしだよ!」

「ガアァッ」


 華月が腕を交差させて構えると、熊は真っ正面から突進してきた。熊の眉間にはサイのような鋭い角があり、それで華月を突き刺そうというのだろう。


「闇花萌芽──『開花』!」


 大きく開いた黒い花が華月の盾となり、熊の猛攻を受け止める。しかし少しずつ押され、花びらにひびが入る。


「グルル……」

「『もう少しだ』って? ──そうかな」

「グ? ……ガハッ」


 熊の背が上下に斬り落とされ、大きな体は崩れ落ちた。

 その傍に下り立ち、光輝が「ふっ」と息を吐く。


「流石だな、華月」

「光輝の狙いがわかったから」


 2人の連携だ。華月が熊の注意を引き付け、光輝が叩く。見事にそれが成功したのである。


「……なかなかやるね、2人共」


 最後の敵に向き合う2人を見守りながら、キョーガは嬉しそうに呟いた。まさか敵対するはずだった2人が手を取り合い、魔界を変えてしまうとは思いもしなかったのだ。更に、恋人同士にまで発展するとは。


「本当に、面白い」


 キョーガが見学を決め込む中、華月と光輝は巨大熊を左腕を失わせるまで追い詰めていた。その状態でも消えず、熊は咆哮して太く固い爪を振りかざす。

 その時、華月と光輝の中で何かが弾けた。


「闇花萌芽──『開花・爆』!」

「『静寂しじま・乱撃』!」


 華月の闇花が高速で回り、その中心から光線が放たれる。

 光線に熊が貫かれると同時に、光輝の剣が熊の体を八つ裂きにした。

 巨大熊は断末魔を叫ぶこともなく、粉塵と化す。


「や……やった?」

「みたい、だな」

「いや、凄すぎない? ははっ。何したの、きみたち。進化し過ぎだよ」


 思わず笑いながら、キョーガが討伐終了を告げた。




「じゃあ、また明日。学校でね」

「「はい」」


 幻蝶に乗ったキョーガが去り、華月と光輝は顔を見合わせて小さく笑う。2人共、まさかあの時に新しい技を使えるようになるとは思いもしなかったのだ。


「なんか、ふわって言葉が浮かんだんだ。今だって背中を押された感じで」

「俺もそうだな。……なあ、華月」

「ん? どうし──」


 電灯は、魔物が壊してしまった。それでも明るいのは、月明かりが照らしてくれているせいだろう。

 月の光の下で、華月は自分に起こったことが信じられなかった。まさか、光輝の唇が自分のそれに触れるなどと。


 離れてからも自分の唇に触れると柔らかいものが触れた感触が甦り、華月はこれ以上ないほど赤面した。どくどくと鳴る胸が痛くて、混乱する。


「え……えっ!?」

「……帰るぞ」

「え……今のキ──」

「言うな。頼むから」


 華月の口を手で塞ぎ、光輝が顔を背ける。精一杯の強がりだが、華月に負けないくらい顔を赤くして心臓が痛い。自分のやったことに驚いて、光輝は空いた方の手で自分の口を覆った。


「……ごめん、びっくりしたよな。初めてで、何か、つい」


 そっと手を離すと、光輝は目を伏せた。

 ようやく息が出来るようになった華月は、彼の戸惑う表情を見てかぶりを振った。おずおずと光輝の手に触れ、はにかむ。


「びっくりはしたけど……と、とっても嬉しい。わたしも初めて、だから。あ、あの、ね」

「な……──っ!?」


 華月は勇気を振り絞り、光輝に抱き付いた。しどろもどろになる光輝に届くように背伸びをして、そっと耳打ちする。


「……光輝くん、だいすき」

「……俺もだ、華月」

「うん」


 ぎゅっと抱き締め合い、笑みを溢す。互いの熱が心地良くて、自然と近付いていく。

 もう一度だけ、不器用にキスをした。

 優しく拙い触れ合いが、想いを乗せて相手へと届けてくれる。

 照れ笑いを浮かべ、華月と光輝は手を繋いで歩き出す。指を絡め合い、決して二度と離れないように。


 魔王の娘と勇者の息子の出逢いは、幾つもの変化を生み出した。魔界を変え、いつしか天界をも変えていく。


 ──絶対、大丈夫。光輝くんと一緒なら。

 


                                   ─了─

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わたしは魔王の娘です!? ~魔王の娘と勇者の息子が出逢ったら?~ 長月そら葉 @so25r-a

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