黒い森に逃げこんだ愛しい二人の、小さな物語


 それは、澄み、かつ澱んだ森の匂い。
 それは、現代が顔を覗かせる頃の戦争。
 それは、静かな比喩を伴った饒舌。
 それは、柔らかなレイの声。
 それは、硬質なアーレントの声。
 それは、胸を締め付けるような幸せな結末。

 とても整っていて、かつ密度の高い作品です。

 どうにもならない時代に迷子になった二人に安住の地はあるのでしょうか?
 世界が彼らから奪うことができなかったものはあるのでしょうか?
 もう二度と、幸運はないのでしょうか?

 この物語では鉄の銃身が語るのです。
 それを描くのはまるで童話のような、子供のように澄んだ作者の瞳。
 この物語で語る、言葉を持たないはずのないものたち。
 それは幻聴なのでしょうか?
 それとも童心にしか聞こえない、かけがえのない声?

 戦争は「地獄」でありますが、何より見るべきは戦争の外の描写。
 日常の暮らしの中にこそ、最も色濃く戦争の影が滲んでいたのです。

 この作者さんらしい素材を見事なまでに織り込んでいるのが素晴らしい。
 一昔前の時代の海外小説を翻訳したような文体も魅力的です。

 今も彼らは黒い森で旅をしていることでしょう。
 私たちは、同じ時代に息をしつづけているのです。

 さあ、あなたもぜひ読んでみてください。
 そして、レイとアーレントの温もりに触れてください。

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