それは、澄み、かつ澱んだ森の匂い。
それは、現代が顔を覗かせる頃の戦争。
それは、静かな比喩を伴った饒舌。
それは、柔らかなレイの声。
それは、硬質なアーレントの声。
それは、胸を締め付けるような幸せな結末。
とても整っていて、かつ密度の高い作品です。
どうにもならない時代に迷子になった二人に安住の地はあるのでしょうか?
世界が彼らから奪うことができなかったものはあるのでしょうか?
もう二度と、幸運はないのでしょうか?
この物語では鉄の銃身が語るのです。
それを描くのはまるで童話のような、子供のように澄んだ作者の瞳。
この物語で語る、言葉を持たないはずのないものたち。
それは幻聴なのでしょうか?
それとも童心にしか聞こえない、かけがえのない声?
戦争は「地獄」でありますが、何より見るべきは戦争の外の描写。
日常の暮らしの中にこそ、最も色濃く戦争の影が滲んでいたのです。
この作者さんらしい素材を見事なまでに織り込んでいるのが素晴らしい。
一昔前の時代の海外小説を翻訳したような文体も魅力的です。
今も彼らは黒い森で旅をしていることでしょう。
私たちは、同じ時代に息をしつづけているのです。
さあ、あなたもぜひ読んでみてください。
そして、レイとアーレントの温もりに触れてください。
自律した意思を持つ突撃小銃と、その彼と共に育った青年が、徴兵され戦地へと赴くお話。
無機物と人間のボーイズラブ、という時点でもうモリモリ興味を惹かれてしまうずるい作品です。
BL、と言っても決して恋愛ものではなく、つまりは二者間の関係性のお話。
具体的に説明するのは難しいのですが、上記の概略やキャッチコピーから想像されるであろう「欲しいもの」が、本当にみっちり詰まっていてもう大満足でした。
作中で描かれる戦場の光景が好きです。
とにかく壮絶! 一兵卒の行動をミクロに追った物語であり、戦の凄惨さや地獄っぷりを存分に浴びせてくれるところが最高でした。
人物の関係性にのみ集中できる、というのもそうなのですけれど、「戦局を俯瞰的に見通せないこと」そのものが、主人公らの状況をそのまま体験させてくれるような感覚。
なにより好きなのが、その地獄を共に見てきた相棒同士だからこそ成り立つ関係であること。
とても容易には踏み込めない「このふたりだからこそ」を味わわせてくれる、濃厚な人間(※無機物を含む)のドラマがたまらない作品でした。
一丁の銃が見てきた一人の男の生涯が銃によって絆と呼ばれる物語。戦地に赴く兵士の悲惨さはかつてまだ男があどけなかった頃の思い出その彩りが際立つほどに灰色だ。色の取り戻し方がそれしかなくてピンクや赤で必死に染められた惨状からは鉄と煙の匂いが立ち込める。もう戻りはしないあの日を背に日に日に狂っていく精神が男を蝕む。
親友は男の命をどうにか出来たという。彼の意思によって命を留めるという意味で救えたと。しかしそうしなかった。僕はこれが親友たる一丁の銃の精一杯の強がりに思えた。そうして見ると、所詮は手足も臓器もない無機質としての生。一度ばらされても再会できてしまうような奇跡としての生は引き換えとして自らの意思を優先できない。男の意思に寄り添うというかは任せる他なかった寂しさが痛切にきこえてくるような感覚があった。
それでも二人は共にあった。実質生命でなくなった男はどこかで親友の立場にさらに近づいたのかもしれない。それを示すかのように自然に飲まれるように風景は色を取り戻す。