Black Forest Stranger

草森ゆき

1

 森は永久に続くのではないかと感じるほどに黒く、暗かった。それでも進むしか手立てはなく、レイは無言で歩き続けたが不意に咳き込んだ。治った頃合いに落とされた舌打ちは諦めを多分に含んでいた。

 豊富な葉に覆われた枝が空を覆っているが、合間の微かな青空に葉ではない影がさす。敵機だと思われた。そのように伝える、というか促せば、レイははっとした様子で頭上を見た。後ろで雑に縛られた黒髪がばさりと背を叩いた。

「……行こう、アーレント」

 レイは呟き、俺の肩口、グリップと呼ばれる部位を強く掴んだ。森は鬱蒼とこちらに手招きし、遠い場所で響いた爆発音が自機か敵機か、判断は出来ないし支度もないとばかりにレイは雑草と枯れ枝を踏み締めた。


 レイと俺が友人になったのはレイが七歳の頃だった。レイの父親は村から離れた山間で猟師をしており、俺は愛銃だった。この頃は先込め式の、所謂マスケット銃だった。

 父親は俺をレイに紹介して、手厚い介助と指導の元、撃たせた。レイは俺にすっかり馴染んで、名前をつけたいと父親に申し出た。父親は俺にどうするか聞いた。構わないと答えた。銃器の声を人間が聞くことはないが、共にいれば気配のようなものは伝わった。そのため父親はレイの願いを了承し、俺はレイによってアーレントと名付けられた。ぼくたちは友達だよ、アーレント! レイは満面の笑みで俺を抱きしめ、父親はその様子を嬉しそうな、複雑そうな、それでもやはり微笑ましくはあるような、何重もの気配をまといながら眺めていた。

 レイは母を、同時に父親は妻を、早くになくしていた。レイは顔すら写真でしか知らない。出産すると間もなく息を引き取ってしまったためだ。それがこの父子にどのような紆余曲折をもたらしたのか、俺は詳しくは知らない。郊外に構えた家の黴臭さも、真夜中の虫や獣の声も、降り注ぐ星の息も、何も語らない。それでも月日は過ぎ去り、レイは父親に引けを取らないほど銃の腕前が上がった。引退も視野に入れていた父親は、レイが成人になる頃に俺を譲ると約束をした。レイは喜んで、俺も満更ではなかった。レイの父親は相方のような男だったが、レイは俺の古い友人、生まれた頃から知っている存在だった。俺はレイの扱いに合わせて弾を吐くことが出来るし、レイは俺の機嫌をよく読み込んで照準を合わせることができた。ほとんど無二だった。レイと共に山や森を駆け回る日々を心待ちにしていた。しかしその日は来なかった。空を走る饒舌な戦闘機や大地を震わせる戦車や、無個性な軍服を貼り付けた集団が、生活の一部から侵食しどんどんと肥大化した。

 成人を目前に、レイの元には徴兵令の紙が届いた。ついでに俺の元にも届いた。資材が不足していたのだ。最新式の戦闘機やライフルを作り出すための、資材が。レイは俺の所持権は自分にあると抗ったが無駄だった。その他多数の鉄材と共に俺は運ばれて作り替えられることとなった。

 幸運もあった。手入れの行き届いた銃であったことと、最新式のライフルに改造された俺が配られた小隊に、レイがいたことだ。半年は経っていたがレイはまだ俺の声を受け取れた。別の隊員が手にした俺を交換するよう頼み、受理され、名実ともに俺とレイは一心同体となった。半年の間にすっかり伸びた黒髪が、俺を抱きしめるたびに擦れてなんだかくすぐったいような気になった。

 幸運はこれで終わりだった。

 戦争は地獄で、俺たちの側は敗北するからだ。

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