第9話 入学式
「母さん…………まだ……?」
そう俺は、未だに服を選んでいる母さんに声をかける。
「あと少しだけ!もう少しで決まりそうなのよ!」
母さんはそう言うと、服選びを再開する。
――もうそれ何回も聞いたんだけど……。
俺はそうため息をつきつつ、もう1人の方に視線を移す。
「優菜も……まだ………?」
――そこには、母さんと同じく服を選んでる優菜の姿があった。
「あとちょっとなの!もうちょっとだから!!」
優菜はそう言うと、服選びを再開する。
――だからもうそれは何回も聞いたんだってば!
俺はそう心の中でそうツッコミを入れてしまった。
――どうやら女性のこういう所は、この世界でも変わらないらしい。
俺はそれを知って逆に感心してしまった。
……しかし、そろそろ家を出ないと入学式に間に合わなくなる。
俺は時計を見て思った。
――そう。今日は俺の
つまり、俺が転生してからずっと待ちわびていた学園生活の始まりである。
だからこそ遅刻をするわけにはいかない。
――仕方ない。俺が服を決めてあげるか。
「……じゃあ、俺が2人の服を選んであげるよ。」
服選びが一生終わらなそうに感じた俺は、2人にそう言った。
すると2人は手を止めると、驚きの表情を浮かばせて俺の方を見た。
「もっと配慮すべきだったか……?」
彼女たちの表情を見て俺はそう思った。が――
「本当?!お願い!!」 「優ちゃん!ありがとう!」
――うん。杞憂だった。むしろ二人とも嬉しそうにしてる。
「……次は最初っからこうしよう。」
――俺は安心しつつそう思った。
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「うわー!!近くで見るとすごい大きいじゃんこの学校!」
「そうね……。それに思ったよりも綺麗だわ……。」
そう言って母さんと優菜は、目の前にある秀英学園の建物を見る。
――やっぱり初めてだと驚くよな。俺も驚いたし。
俺はそんな2人の反応を微笑ましく思った。
――それから3人で他愛の無い話をしながら学園へと向かう。
すると、「入学式」と書かれた看板がある所に記念写真を撮っているたくさんの人たちが居た。
「母さん。折角だからあそこでみんなで写真撮ろ?」
俺がそう言うと、母さんは「待ってました!」と言わんばかりにカメラを取り出した。
――あ、わざわざちゃんとしたカメラを用意したんだね……スマホでも良いのに……。
そう思いながらも撮影場所に近づくと、そこに並んでいたはずの人達や周りにいた人達が挙って順番を譲ってくれた。
俺はそれに対して「みんなに悪いことしたなぁ……。」と思いつつも、「直ぐに終わらせればいっか」と開き直った。
そして俺はカメラをお願いするために、近くに居た女性に声をかける。
「あの。すいません。」
「……は、はいっ?!私ですか?!」
「はい。えっと、良ければなんですが、カメラをお願いしても良いですか?」
そう言って俺は、申し訳なさそうな表情をしてお願いした。
「ももももちろんです!喜んで!!」
すると彼女は顔を真っ赤にさせながらも了承してくれた。
――周りの嫉妬の視線を受けつつ……。
「これは悪いことしちゃったかな……」
俺は周りを見てそう思い、彼女を見た。
――しかし当の女性は気にした素振りも見せず――むしろ自慢げな表情をしていた。
俺はその事に気付かないふりをしつつ、看板の横に母さんと優菜と並んだ。
「あの。お願いします。」
俺がそう言うと、彼女は何故か深呼吸をしてからカメラを構えた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「あ、あの……?」
俺はいつまで経っても始まらないので声をかける。
「…………はっ!すみません!集中してました!」
すると彼女は顔を赤くさせながらそう言った。
――いや、何に集中してたんだよ……。
俺はそう疑問に思いつつも、決して踏み込んでは行けない気がしたのでスルーした。
「……で、では、いきますよ!はいチーズ!」
そう言って彼女は掛け声をかける。
俺は「この世界でもこのかけ声なんだな……」と思いつつもカメラに笑顔を向ける。
「カシャ」「カシャ」「カシャ」「カシャ」「カシャ」「カシャ」「カシャ」「カシャ」「カシャ」「カシャ」
「カシャ」「カシャ」「カシャ」「カシャ」「カシャ」「カシャ」「カシャ」「カシャ」「カシャ」「カシャ」
「……オッケーです!!」
――いやどんだけ撮るんだよ!
俺はそう思ったが決してつっこまなかった。
そう言って彼女は、
――って待てよ……。あれ……?撮った写真全部で3枚しかないんだけど……。
――おかしいな……シャッター音は20回くらい聞こえたはずなのに……。
そう不思議に思った俺は、顔を上げて周りを見渡した。
…………えっと……なんで周りの人も写真撮ってるの……?
――俺が見渡すと、そこにはこちらにカメラを向けて固まっている人達がいた。
俺はその光景にさすがに恐怖を感じ、母さんか優菜に助けを求めようと思って2人を見ると、2人も皆と同じように固まっていた。
――えっ……?何で動かないの……?もしかして俺以外時間止まってる……?
俺はそんな馬鹿なことを考えつつ原因を探そうと思い、固まっている人達を調査した。
すると、その人たちは全員ある写真を見ていた。
――そう。さっきの家族で並んだ写真である。
もしかしてこの写真が原因……?俺の写真写りでも良かったのか……?
俺は一瞬そう思ったが、さすがに自意識過剰すぎると思い直す。すると――
「あ、あのう……」
「……っ!あ、ああ。貴方はさっき写真を撮ってくれた……」
「あ、はい!そうです!」
――そこには、先ほど写真を撮ってくれた女性がいた。
しかも彼女は動けている。……ならこれで原因がわかるかもしれない。
「あの、なんかみんな動かなくなったんですけど、心当たりってありますか?」
俺はそう思い、彼女に質問をする。
「あ、はい……。恐らく……というか、100%……ですが……貴方の写真かと……」
そう言って彼女は俺を見る。――まじかよ。
そして続けて、「……もしかして写真撮ったとき……笑顔になったりしましたか……?」と聞いてきた。
「あ、はい、そうですよ?記念撮影ですし。」
俺がそう言うと彼女は、「なるほど……自覚なしですか……」と言いながらも説明してくれた。
……な、なるほど。つまりはこういうことらしい。
『男は笑顔を見せることは殆ど無い。なのに俺はだだでさえイケメンなのにその上笑顔を見せたため皆はそれに見惚れてしまった』――と。
――もはや俺の笑顔は凶器である。
しかし、そこまで思われると嬉しくない訳がない。
……ということで、俺はそのまま全員に写真をプレゼントした。
――勿論、皆は大喜びであった。
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「ここか……」
俺はそう呟いて目の前にある教室を見る。
そこには「1年A組」と書かれいた。
この秀英学園には、各学年それぞれA組からD組までクラスが存在する。
内訳はクラスごとに40人程度だ。勿論男子はいない。
その中で何故俺がA組になったかというと、くじ引きである。つまりランダム。
本来は学園側は男子生徒である俺をなるべく優秀な人たちがいるクラスに入れようと考えたらしい。
しかし、今までの学園のクラス分けはランダムだった。なのに急にルールを変えてしまったら問題があるだろう。
さらに、今わかる新入生の成績は入試の成績と中学生の時の成績である。
そこでもし仮にその成績順で男子のいるクラスに決めてしまえば、「中学の成績や入試の成績があまり良くなかったからこの学園で心機一転して勉強や部活を頑張ろう!」と思っている生徒達のやる気を削いでしまうだろう。
そしてそれは学園側からすれば不本意だ。
なので学園側は来年以降のクラス分けの基準となる成績は、皆公平にするためにこの学園入学後の成績にすると決めたらしい。
しかしそうなると、「いくら成績が良くても、なりたい人と同じクラスになれないのなら意味がない」という意見が出てくるとも簡単に予想ができた。なので、来年からは成績順で好きなクラスを選べるようにするらしい。
――ああもちろん俺が一番最初にクラスを選ぶことになるよ。成績関係無くね。
そしてそれを聞いた俺は、自分がこの学園に入学する影響って大きいんだなと改めて思った。
「ガラガラガラ」
俺はそんな音を立てて教室の扉を開く。すると――
「わー!来たよ!来たよ!」「ほんとに男だあああ!」
「しかもめっちゃイケメンじゃん!」「格好いい……」
「わたしもう一生の運を使い果たしたかも……」
――という声が聞こえてきた。
「みんなおはよう!」
俺はその反応を嬉しく思いつつ挨拶をする。
「お?!」「おっ……おはようございま……す」
「お、お、お、おはよう!!」「……ございます」
まさか俺が挨拶をするとは思わなかったのだろう。
みんなはそれぞれ驚きながらも何とか挨拶を返そうとしてくれた。
「……ていうかみんな登校するの早いね?何かあったの?」
俺がそう聞くと、みんなは下を向いて恥ずかしがった。
――え?どういうことだ?
俺がそう思っていると、一人の女子が恥ずかしそうに説明してくれた。
曰く――今年は男子が入学してくるという情報――恐らく受験の時の目撃情報――があり、それを知った新入生は朝早く学校に登校してクラス分けが発表されるのを待っていた。そしてその男と思われる名前がこのA組にあったので、みんなでずっと教室にいた。――ということらしい。
――うん。何というかお疲れ様です。
「そ、そうだったんだ。」
「は、はい。でもまさかこんなに格好いい男子だとは思いませんでしたけど……」
――そう彼女が言うと、クラスの全員が頷いた。
「よかった。そう言ってもらえて嬉しいよ!」
俺がそう笑顔で言うと、みんなは顔を赤く染めてまた下を向いてしまった。
――それから俺は、入学式が始まるまでの間にクラスメイトと楽しく言葉を交わしたのだった。
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「で、では。新入生代表の挨拶。…………く、倉部優成君お願いします。」
「はい!」
俺は元気よく返事をすると席を立ち、壇上に上がっていく。
今からするのは新入生代表の挨拶だ。
そう。俺は新入生代表。つまり首席である。
――決して男子だからという理由ではない。たぶん。
そして壇上に上がった俺は、体育館全体を見渡す。
そこには、俺に視線を向けるたくさんの人がいた。
――皆一様に驚いていたが。
たぶん男の俺が新入生代表の挨拶をやるとは思わなかったのだろう。
彼女らの表情がそう物語っていた。――まあ普通しないもんな。この世界の男は。
そしてこの光景を見たのが前世の俺だったなら、その視線の多さに完全に緊張して萎縮してしまっただろう。
――しかし、今の俺は緊張すらしていない。むしろリラックスできている。
その事に俺は「自分に自信が持てるようになるのは意外と大切なんだな」と思った。
そして視線をこれから同級生になるだろう人達に向ける。
――するとそこには、受験の日に迷子になっていた彼女の姿があった。
――しかもまさかの同じクラスである。…え?教室にいたの気付かなかったわ。
俺は彼女を見てそう思ったが、俺と目が合うと恥ずかしそうにして下を向く彼女を見ていると、不思議と明日からの学園での生活が最高の青春になりそうだと感じた。
――それからしばらくの間皆が落ち着くのを待ってから、俺は代表の挨拶を始める。
「暖かな春の訪れとともに、私たちは秀英学園に入学いたします。本日はこのような立派な入学式を行っていただき大変感謝しています。新入生を代表してお礼申し上げます。」
「高校は3年間ということできっとあっという間に過ぎていくことと思います。1日1日悔いのないよう大切に過ごしていきたいです。私は男ですが皆さんと同様に、勉学に励むことはもちろん、部活動も頑張りたいと思っています。」
俺がそう言うと――
「男子なのに勉強?!」「この挨拶してるって事は首席ってことだよね?!」
「まさか……男子だからでしょ?」
「部活?!」「マネージャーになってくれるのかな?!」
――と小声で話しているのが聞こえてきた。
「そしてこの学園でたくさんの友を作ることが出来ればなと思います。
なので男子だからと遠慮せずに話しかけてもらえると嬉しいです。」
「……っ」「……わかりました!」「……がんばる!」「……よし!」
「先生方、それから来賓の方々これから厳しいご指導のほどよろしくお願いします。時には間違った道へ進もうとしてしまうこともあるでしょう。その時は優しく力を貸していただけると嬉しいです。」
「うう………」「こんなこと言われたの初めてだわ…………」「先生で良かった……」
「――新入生代表 倉部優成」
そう言って俺はお辞儀をした。
――――そしてその後しばらく会場に拍手の音が鳴り続いたのだった。
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