第二十三話

  ~第二十三話~


 今でこそ手放す気は毛頭無いが、苦言を呈する周囲の剣幕に遂に俺の負けん気もへし折れかけた時期が一度だけ有った。


 近衛への入隊を決めた時が正にそれで、格好をつけた台詞を吐きつつ内心には半ば以上の投げ遣りな気分が含まれていた事を否定できない。『触れる事が叶わずとも、傍らを守護りたい』そんな独り善がりが胸中の過半を占めかけていた事は、二人にも未だ打ち明けられていない。


 それでと言う訳でもないのだが、いつの間にか二人の睦まじさにこそ自身の幸福を見出だす様になっていた。『欲求の昇華と言うよりも抗い難い現実からの逃避ではないか』と言われればこれ以上的を射た指摘も無いが、幸せを願うこと自体は紛れもない俺の本心でもあった筈なのだ。


 そんな心づもりで過ごすうち、その想いに同調してくれる仲間が出来た事も疲れきった俺の心を大いに助けてくれた。否定され続ける想いと比べ、居心地だけで言うなら彼女と共に語らう方が余程座りが良かった。


 まぁ…結局は二人に絆される…と言うよりもかなり強引な形でなし崩しに今の関係が出来上がってしまった、となれば


 ―――


 「俺ばっかりがっ…責められる話でもねぇっ!…だろ?」

 息も吐けぬ程間断無く繰り出された双剣の連撃を近接用のマチェットで何とか捌き切った。合間に繰り出された蹴りは甘んじて尻で受けたため背骨まで抜けるような痛みがじくじくと走っている。『甘んじて』と言うのは決して相手への罪悪感から出た表現ではなく、蹴りを避けた隙に容赦なく喉笛を狙うだろう動きを相手が見せたが故だった。


 「殺意が本気過ぎだろ…」

 来がけにハルバードを別邸に置いてきた事を悔やむ。

 『こんな大得物を背中に担いだまま王宮の敷地に入るのもなぁ…』なんて不似合いな謙虚さを見せた今朝の自分を呪いたい。


 語りかけた相手はと言えば、俺の言葉には応えず此方に向かって手信号を使い有らん限りの罵倒を繰り返している。こりゃあ統帥部に顔を出すまで時間が掛かりそうだ…


 ―――


 事は祖父を訪ねる前に遡る。


 ―――


 「隊長は貴殿とはお会いになりません、お引き取りを」

 衛士隊詰所、前線に置かれた我らが宿舎とは比べ物にならない清麗を誇る建物の入り口に辿り着いた俺は応対に歩み出た衛兵から早々に門前払いを食らった。


 「私用で来た訳じゃねぇ、サンピンに塩を撒かれる謂れはねぇな」

 懐から取り出した命令書を広げ衛兵の眼前に突き出す。が、相手は頑として動く気配が無かった。


 「見ねぇ顔だな、新人か?…苦労するねぇ」

 「ご理解頂けて何よりですユリウス副長殿…無礼はご容赦下さい」

 周囲に響かぬよう抑えた声で労いを告げると相手も同様の声量で応えた、話は分かる相手らしい。


 「テメェじゃ埒が明かねぇな!上のモン呼んで来い!」

 気の毒な衛兵を気遣って矛先を変える。具体的にはエントランスの一角で優雅にティータイムと洒落混んでいる娘っ子ども。


 その内の一人が俺の怒声を聞くなり立ち上がって此方へ歩み寄って来る。一見は努めて冷淡な表情を浮かべている。が、こめかみに浮き立つ青筋は隠しようも無い様だった。


 「衛兵、何事か」

 何処までも虚仮にしようと言うのか、衛士は此方には一瞥もくれず衛兵に問い掛ける。


 「はっ!従士隊副官殿が小隊長殿に面会を求められましたのでお帰り頂くようお願い申し上げておりました!」

 どこをどう拾ってもおかしい所しかない報告に思わず失笑が漏れた。娘っ子どもの輪の中心にいる『小隊長殿』とやらにこの会話が聞こえていない筈は無い。


 「然様か…ならば王宮の門前までお送りして差し上げよ、他の兵も何名か同行させよう」

 「はっ!」

 いや『はっ!』じゃねぇんだわ。愈々我慢が限界を迎えて高笑いをエントランスに響かせてしまった。


 「まだるっこしいや!エウリィ!俺だ!話がしたい!」

 眼前の二人を押し退ける様にエントランスを進む。


 「…おい、振り向く前に鞘に納めりゃ不問にしてやんぜ?」

 後方から鋭剣を抜き払う音が聞こえたので警告を発する。歩みは止めない。駆け寄ってくる足音。一際大きな踏み込み。横に躱して突き出された衛士の右腕に手刀を振り下ろす。


 「安心しな、何も見てねぇから」

 嫌な展開だ、常の喧嘩なら連中も抜きはしない筈だ。私闘で罰せられる危険を侵してでも俺を奴の前に通したくないらしい。このままでは誰かしらがマズい一線を越えかねない。


 …しゃーねぇ、やるか


 「取り巻きに応対任せるたぁ水臭ぇじゃねぇか!『同志』の好誼だ、ちょっとツラ貸せあっぶねぇええええ!」

 お嬢様がたがティーパーティーに使っていた食器類が飛んできた、テーブルごと。


 流石に先程と同様華麗に身を翻すとはいかず飛び込む様に床に転がった。その隙を見逃す相手ではない。すかさず二刀を抜き放ったエウリュディケは自身は一分の隙もない踏み込みで横たわる俺の身体に突きを繰り出した。


 ―――


 「あぁ…そう言えば昨日の事なんだが、機械化兵隊長が『お前が訪ねてきた場合用件が気に入らなければ実力で排除して良いか』と許可を取りに来てね」

 「…それで?」

 「許可したよ」

 「でっっっしょうねぇえええええクソがああああああ!!」

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