第十八話

  ~第十八話~


 謂れの無い悪名が広まるのは困るが、分を越えて名声が高まるのもそれはそれであまり歓迎はできない。王族の傍に控える名目を得つつもそれなりに身軽に動き回るとしたら正直今くらいの地位が一番丁度良い。言っちゃあ何だが、実家はそれなりに太いから『出世して俸給が増えたところでなぁ』と言う気分も有る。


 そんな希望とは裏腹に、最近は気付けば御大層な肩書きばかりが増えていきやがる。


 『マグニシア王国近衛従士第三大隊副指揮官兼同第二中隊長』、コレは当然必要。だがコレ以上は要らない。何か大隊をもう一個新設する噂が有るけど全力で聞こえないフリしてる。


 『コバロイ首長連合名誉氏族長』、まぁコレは同朋との友好の証だし正直貰えて嬉しかった。他族長から『娘を嫁にどうだ』と言われたけどそちらは丁重にお断りしておいた。


 『森の若殿』、コレはエテ公どもが勝手にそう呼んでるだけ。ぶっちゃけ恥ずかしい、それを知ってか知らずかジジイが真似して呼び始めたのも非常に鬱陶しい。


 New!『ビザンツ聖帝国聖騎士』、正直その場のノリで受け取ったの後悔してる。


 唯一有難い事は中二つについては世間の認知も低いし授与される徽章の類も無いという点だ。あまり畏まって体裁を整えられてしまえば重責も感じただろうが、隊服の左胸が軽いと心持ちも随分変わるってもんだ。


 ―――


 帰還から三日後、建前上は"王太子殿下の護衛"に対する恩賜休暇から戻った俺のデスクの上には十日あまりの内に置かれた書類が山積していた。副官代理に置いた筈の第三中隊長曰く

 「いや、お頭が『緊急性の高い物を除いてそのままで良い』って仰ったもんで」とのこと。ざけんな、何の嫌がらせだあのアマ。


 『上等だぁ!午前中に全部片付けてドヤ顔で嫌味の一つも言ってやらぁクソがぁ!』をモチベーションにして片端から処理を進めた。結果本当に午前中の内に全ての承認決裁、なんなら手抜かりの有った書類は担当部署に拳付きで突っ返すところまで終わらせて意気揚々指揮官執務室のドアを叩いた。

 

 ………


 「…私には以前から疑問だった事が一つある」

 執務机の上で両の掌を祈る様に組んだ姿勢の大隊長は視線を合わせずにぽつりと呟いた。


 「はぁ…何すか?」

 話の先が見えず、思わず気の抜けた声が漏れる。乗り込んで来た時の意気込みはとうに削がれ切っていた。

 「…」

 「…え?なに、そんな重たい話ですか」

 「…いや、まぁ、我々の様な稼業の人間なら、一度は同様の疑問を抱く者もそれなり居るだろう、と言う程度の話なのだが」

 酷く歯切れが悪い、ウチの妹の真似っすか?キレイ系の女性がやると威圧感増すからやめた方が良いっすよ。飛んできた卓上のペーパーナイフを小脇に抱えていた書類束で受け止める…あぁ良かった、一番書き直しが面倒臭ぇ月度予算の報告書にはギリ届いてねぇわ。


 「…今朝、ビザンツ聖帝国から勅使と共にコレが送られてきた」

 大隊長は執務机の片隅に置かれていた小箱を手に取って俺の正面に置き直した。


 「あれま、そいつぁ当直明けに気の毒でしたな」

 「…中身を聞かんところを見るに、宛名に間違いはないのか…そうか…」

 沈痛な面持ちで徐に立ち上がった大隊長は俺の前に歩を進めると左の襟に手を掛けた。あぁ、まぁ自分で隊服に着けるよりは上司がやった方が格好がつくわな。あれ?でも箱が机の上に置きっぱですよお頭。


 「『聖女が自身の運命すら託すと言う聖騎士に任ぜられる人物とは一体どれほど高潔な勇士なのだろうか』…中央高等女学院の中庭で、私と、当時はまだ"第三皇女"であらせられたマーガレット様は屡々互いの理想を語り合ったものだよ」

 あそっか、リズと昔からの仲って事は隊長の学生時代の後輩になるわけか。


 「貴様がエリザベート様の寵愛を賜るのは、まぁ月日の長さも鑑みて許してやっても良い」

 こりゃいかんわ、極力気付かない様に努めてたが愈々語気に怒りの色が隠せなくなってきてる。襟が伸びちゃうよぉ。


 「だがっ…!あの純真無垢を絵に描いた様なっ…花の妖精も斯くやと吟われたあのマーガレット様がっ…何故貴様なぞをっ…!」

 お前仮にも自分の部下の受勲に際してその言い種はどうなんだ。第一あの聖女サマ言うほど純粋培養の気配無かったぞ、寧ろ強かの部類だろアレは。


 「やだぁ~!私もマギーちゃんに騎士の誓いやりたいぃ~!ユー坊ばっかりズルいぃ~!」

 揺らすな、駄々こねるな、二重の意味で吐きそう。


 ………


 「まぁ冗談はさておき、あの後巡礼で何が有ったかは説明してもらうぞ」

 「そりゃ構いませんが…まだ色々外に漏らせない話も多いんでくれぐれも此処だけに願いますよ」

 「無論だ、だが国防に関わる話は"独自の情報ソース"として他団長には共有するぞ?」

 「それこそ言わずもがなでしょ」

 我ながらこの切り替えの早さにも慣れたもんだなぁ…坊主扱いとか久々でちょっと懐かしかったわ。


 ―――


 「…!なんか浮気の気配を感じる!」

 「そうですかー、はい、次のお仕事これですー」

 「…はい」


 ―――


 「…!あの子の周りに女の気配を感じますわ!」

 「はぁ、左様で…はい、ここの包帯押さえて下され」

 「…はい」

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