推しカプの皇太子夫妻に挟まれ推し返されてしんどい

小島秋人

第一話

 ~第一話~


 例えるなら、春の盛り鮮やかに咲き誇った二輪の花。酷暑の夏にも厳寒の冬にもその色を損なわせる事無く愛で続けて居たいと願う様な、そんな気分と言って通じるだろうか。


 自身も斯く在りたしと言う憧憬ではない。物語の背景の一部に成る事すら烏滸がましさを覚える程の尊さを見出だす悦びを、理解されるだろうか。





 「あぁ…しなやかな肌、その奥に確かに感じる血肉の逞しさ…神代の英雄も君の魅力には決して及ばないだろうね…」


 理解んねぇだろうなぁ…


 「艶やかな黒髪…円らな瞳、美の化身と謳われる女神ですら嫉妬してしまうことでしょうね…」


 愛でたいと思った当人どもが初夜の寝台で両脇から全身まさぐりながら褒め殺してくるくらいだからな!なんだこの状況!?


 「…あの、新婚初夜のお邪魔になりますからそろそろ自室に帰りたいんですが」


 あぁ、表情筋が仕事放棄してる感じがする。誉められたばかりの瞳から光が失せていく様な気分。


 「もう…つれないんだから、昔は自分から『一緒に寝たい』とせがんで来たのに」


 何年前の話してんですか。


 「だから言ったじゃないか、婚礼後の祝賀会でへべれけに酔わせて仕舞えば可愛い姿が見れたろうに」


 発想が強姦魔の手口だよ。


 「そうですわね…でも『殿方はお酒が増えると夜に支障を来します』とばあやが…」


 侍女長ありがとう、貴女のお陰で我が精魂は未だ健在です。既に涸渇までは秒読みの気配だけれども。


 「でも杞憂だったかしら…」

 「そうだね、今ですらコレだもの…」


 耳許に掛かる息が荒ぶり恍惚を感じさせる匂いが混じるのを嗅ぎ取った。視線、いやさ眼光と称して差し支えないだろう目付きが向けられる先は色々な意味で追いたくない。


 「…ご寝所の警護の仕事が有りますので退出を御許し願いたく存じます」


 愈々身の危険がピークに達しようとしている気がした。敢えて人前で用いるような形式ばった口調で心の距離を主張しながら再度解放を願い出る。いや無駄な抵抗なのは分かってんだわ。


 「何を言うんだい、此処より他に警護に適した場所が在ろう筈が無いよ!」

 「殿下の仰る通りですわ!今宵は大事な夜ですもの、どうぞ心行くまで付きっきりで警護して下さいまし?」


 警護対象が一番危ねぇよ…顔やら腹筋やらを撫で繰り回してた掌も何時の間にか下がって来てるし…


 「…いや、もうこの際褥に伴うのは構いませんけども…何をどうすれば良いんですか?」


 最早決意よりも観念に近い心境で問を投げる。ひた隠してきた心算の胸中を明かせば、御成婚を機に仲間外れにされる事に比べれば現状は望外に喜ばしいのも確かなのだった。


 「…僕から言って良いかい?」

 「えぇ、御随意になさいませ」


 此処までの状況仕立て上げといてなーにを今更躊躇ってんですか。


 …まぁ仕えて長い主人は年上とは言え自分より小柄で未だ幼さすら残る端正なお顔立ちだし?奥方も負けず劣らずの眉目秀麗ぶりで子供の頃から憧れのお姉さんだったし?何れが先になったとて一儀に及ぶは吝かでなさすぎるけれど「間に入ってくれないかい?」


 「」


 …いやいや、何かの聞き間違いだろう。


 「大丈夫、今日の為に二人でしっかり予習して来たんだ」 


 いやいやいや、何をだ。


 「先ずこの人肌に冷ました薬湯で腹中の不浄を流すんだって!」

 「安心なさって!ちゃんと付き添って全て出し切るまで介助しますわ!」


 いやいやいやいや、屈託ない笑顔が怖い怖い。


 「それとコレ!羊の腸を縫った袋を用意しましたの!」

 「コレを着ければ子供が出来ないし万一不浄が残ってても汚れないんだって!凄い発明だね!」


 いやいやいやいやいや!ちょっと待て!


 「どっから仕入れたそんなモン!」


 「あぁ、やっと普段の言葉遣いに戻ってくれたね…嬉しいよ」

 「私達の仲ですもの…人目の無い時は御気遣いなさらないでね?」


 聞いちゃいねぇ、つーか無理矢理良い感じの空気に持ってってんじゃねぇ。


 「御忍びで公衆施療院の往診をお手伝いをした時にね、妓楼に御勤めの女性から教えて頂きましたの!」

 「病気の予防にもなるからって施療院の産医が作ったんだって、知らなかったなぁ…」


 そりゃあ世継ぎを残す御務めが有る人等には不要だろうよ…


 「いや、俺はてっきり自分が上になるもんだと…」


 未だしもそちらの絵面の方が想像に難くない。


 「僕らも最初はそう思ったんだ…」

 「でも、其れではどちらかが『二番目』になってしまうでしょう…?」


 本気で深刻に悩んだ顔すんな。


 「それなら公平に二人とも一番目になれる方法を考えよう、となって…」

 「辿り着いた結論がコレかい!」


 確かに今になって思い返せば婚礼の前日迄二人きりで部屋に籠り話し込んでいる事が多かった。式を万全にする為に儀礼の手順を確認でもしているのだろうと思い込んで居たが、まさかそんな話し合いを真剣にしていよう等と誰が思い至ろうか。


 「僕も最初は君の逞しい腕に包まれて初めてを迎えたいと思ったんだ…」


 しおらしげに言ってるけど願望隠す気皆無じゃねぇか。


 「でもいざ逆の立場になると考えたらね…君を下に敷く事が妙にしっくり来るような気もして来たんだ…なんだろう…王家に産まれた故の性なのかな…?」

 「そんな性が有ったら千年も血筋続かねぇよ!謝れ!御先祖に謝れ!」


 王墓の警護も担っている近衛従士に向かって吐露する胸中としては最低に過ぎる。


 「いや第一だな、抑々の話俺初めて…あ」

 言い掛けて口をつぐむ。其れなら口を開く前に言わんとした言葉の意味に熟慮すべきだった。


 「「…えっ?」」


 「いや、あの、従士に上がる前に故郷で守神のドリアードに加護を受けるって言ったろ?アレって余り知られてないけど要はそうして産まれた子を眷属に貰い受けるんだよ」


 「」

 「」


 誤魔化しは効くまいし問い詰める気満々の顔で迫って来そうだったから先手を打ったのだが、二人して無言は怖いからやめてくれ。


 「いや、本当にごめん…正直二人が婚約した直後でちょっと疎外感覚えてたって言うか…いや二人の所為だって言いたい訳じゃないんだけど…」


 「」

 「」


 いやもう本当に無言やめよう!怖い!この世の終わりみたいに青ざめてるから尚更不気味だよ!


 「げ、幻滅した…?ごめん、そう言う訳だから俺の事は気にせず初夜は二人で過ごしてよ…」


 言っている内にも裏切った罪悪感と寂寥が込み上げる。居た堪れず寝台から腰を上げかけた所で両腕を同時に捕まれる。


 「「…う」」

 「…う?」


 引き留める腕を払う勇気が出ない。何をか期待して、次の言葉を待ってしまう自身の浅ましさが情けない。


 「「後ろは!?」」


 前言撤回、コイツらの欲望の方がよっぽど浅ましかった。


 「おい!その返しは最低過ぎんだろ!」

 「知ったこっちゃありませんわ!」

 「そうだよ!他に話すべき何が有るって言うんだい!?」


 「ちょっと泣きそうになった俺の気持ち返せや!」

 「自業自得じゃあありませんの!この浮気者!自分から『リズお姉ちゃんのお婿さんになるー!』って言っておいて!」

 「幼少期の綺麗な思い出をこの場面で引き合いに出すのはやめろぉ!」


 「どうでも良いから後ろは!後ろはどうなんだい!?」

 「しつっけぇな!18年物の立派な処女だよ!満足かこんにゃろー!」


 一頻り叫び合った結果三者とも息があがってしまった。乱れた呼吸の音が室内に満ちる。冷静になるとこの会話外に漏れてたら俺打ち首になるんじゃねぇかな。


 「…それで、どうすんだよ」


 今尚手離される事のない両腕を見るに取り敢えず逃がす心算が無いことは知れた。問題は…


 「「どっちが先に貰うか」」

 「…だね」

 「ですわね…」


 いや、ちょっと待て。


 「…アレクはまだ分かるけどリズはどうしたって物理的に無理だろ?」


 いやもう正直此処まで来たら『実は生えてますのよ』とか言われても驚かないけど。


 「ふっふっふ、心配御無用ですわ」


 マジか。


 「殿下は敷かれる事が出来るのにわたくしが上になれないのは不公平と思って張り型を用意していますのよ!」


 そう来たか!いや可能性は頭の隅に有ったけども!


 「しかも件の施療院に特注して女性側もしっかり感じられる作りになってるんだ!」

 

 いやその施療院絶対ぇ怪しいって。何で下半身の事情に特化してんだ。


 「ですから後は順番だけですわね」

 「いや、元々僕が貰うと決めていたじゃないか」

 「あら、其れは『この子が未経験』と言う前提の話ですわ、前提が崩れたのですからもう一度話し合うのが筋ではなくて?」


 信じられるか?この新婚さん俺の不浄の穴の優先権で初夜からモメてるんだぜ?


 「いや、抑々前でなく後ろなら同時に分け合うと言う方法も…?」

 「…!御慧眼ですわ殿下!」

 「いやいやいやいやいやいや!解ってる?こっち初心者だぞ!?」


 最早混沌に尽きるだろう絵面は想像もつかず、只々背筋を通る悪寒だけが増していった。


 「為せば成りますわ!」

 「いや別の意味で物理的に無理だって!」

 「大丈夫!君を寝室に呼ぶ前に二人で主神に誓い合ったんだ!」

 「「『痛い思いは決してさせない』って!」」

 「婚姻の誓いから半日も経たずに誓う内容じゃねぇ!今頃主もドン引きだよ!」





 その後、皇太子夫妻の寝所から

 『いやだから絶対無理だってぇぇぇぇぇ!』という絶叫が響いた事実は王宮内でもトップクラスの秘中の秘となったのであった。



~~~~~

おわり、伸びたら続ける。枕元に置いたネタ帳から引っ張ってきた小ネタだからギャグに振り切った、後悔はしていない。

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