第二十一話
~第二十一話~
彼の涙を見た直後だからだろうか、懐かしい情景を夢に見た。
小さな体に不釣り合いな程に大きな負けん気でもって何もかもに飛び掛かっていく彼は、いつもぼろぼろになった服の上に憤懣遣る方無い顔を携えて帰ってきた。僕と許嫁が周囲に気取られぬ様に人気の無い場所へと誘うと、其処で漸く年相応に声を上げて泣き出す。其れが当時の彼に示せる精一杯の強さと、そして弱さだった。
「みんな、言うんだ、『お前なんかが王子様たちの周りをうろちょろ、生意気だ』、って」
しがみつく様に僕の胸に顔を埋めながら彼が言った。
「大人たちも、言わないだけできっとおんなじこと思ってる」
彼の髪を撫でていた手に従うように今度は許嫁の方に体を寄せて言った彼の悲痛な叫びに、返す言葉が無かった。不敬に当たらぬ様にやんわりと、しかし明確な言葉をもって、僕らの周りの大人たちも同様の苦言を折に触れて呈していたのだ。
「…なんで、だめなの?」
今度は僕らの手を同時に取って、其れを自分の胸に抱え込むようにしながら此方を見上げる彼が問うた。
「だいすきなのに…いっしょに居たらいけないの…?」
今でも、『そんな事はない』と彼に返してあげられなかった自分の無力を呪ってやまない。
彼はありとあらゆる手をもって、己の力のみをもってその自問に『否』の自答を叩きつけたと言うのに。
―――
「"先の今で仰っている事が異なるのではないか"と申し上げているのです」
遠見の水晶に向かって抑えきれぬ怒気を交えた言葉を投げ付ける。
『"先と今では状況も異なる"、其れを分からぬではないだろう』
水晶に映った父は夜半に起こされた事を咎めもせず通信に応じてくれた。今なお僕の不躾な態度を窘める様子もない。感謝すべきところなのだろうけれど、其れを越す怒りが我が身を占めている今は詫びの言葉すら出ない。
『まさか聖騎士とはな…マーガレット嬢も存外にお転婆であらせられる』
「戴くまでの経緯は聞きました、マグニシアに離反の疑いが掛からぬよう交渉した結果だと」
『あぁ、内々に送られてきた密使から同様の次第を聞いておる…正直に言ってその状況で良く最適解を出したと褒めてやりたい』
「ならば何故…っ!」
ならば何故、彼に安息を賜っては下さらないのか。
分かっている、彼が僕らを守ろうとして得たものが、誰にも否応なく彼の立場を急激に引き上げざるをえなくしてしまった事を。
………
『…手を変えるしかなかろうと、それでの抜擢だ』
暫しの沈黙を破って父が口を開いた。
『お前の立太子が成った事も、こうなると重ねての幸運であったな』
「…?申し訳ありません、お言葉の意味が…?」
まさか自身の話になるとは思わず、父が何について語らんとしているのかが本当に理解できていなかった。
『新編予定の大隊…全権をお前に委ねる、以て該当の部隊を基幹とした"皇太子軍"の設立について後日正式に勅を発する』
言うが早いか、父は傍らに置いて居たらしいグラスに並々と注がれた琥珀色の液体を一息に飲み干した。
「それは…!なるほど…そう言った慣例が過去に有ったのは知っていますが…」
とどのつまり、父は行くところまで押し上げてしまおうとしているのだと分かった。彼の立場だけではない、僕とリズも含めて、『どんな大人だって嘴を挟めない』、そんな地位に僕たち三人を置いてしまう心算なのだ。
「なぜ、そこまでのお覚悟を…?」
当初の怒りは既に消え失せ罪悪感に変わっていた。父王の治世は長らく国に安息と繁栄を与えてきて下さった。実権は合議会と二分されてしまっていても、民の精神的支柱としてこれからも立って下さる事を誰もが望むだろうに。
『…これで"息子たちの幸せを願って"などと宣えれば格好がつくのだがな…聞いて笑うでないぞ?』
―――
「…え?そんで結局のところ何が理由だって仰ったわけ?」
「いや…うん、多分ユーリは聞かない方が良いと思うよ」
「私も同感ですわ」
「なんだよリズも教えて貰ってんのかよ…今更仲間外れってのも、つれねぇな」
………
「…"絶対怒らない"って誓える?」
「なにそれこわい…王の進退で俺が怒る要素が有るわけねぇだろ…誓うよ」
―――
『例によって翁が酒樽担いで乗り込んで来おってな』
「酒瓶じゃないんですか」
『儂に向かって"もう若い者の時代だ"と説教を垂れおったよあのジジイ』
「はぁー…相変わらず最早感心するしかない胆力ですね…」
『重ねて隠居の悠々自適具合についてさんざ自慢していきおってな…』
「…なんです?」
『いや、只の雑談と思って聞き流してくれて構わんのだがの………"自分と同い年の義母"が出来るとしたらお前どうおも「明日にも退位されますか?」
―――
「と、まぁそんな次第だったらしくて」
「ま・と・も・な年寄りは居っっっねぇのかよウチの国にはよおおおおおおおおおおお!!!」
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