第6話  過去

「…っ、…、ん…」

ズキンと頭に電気が走った。

そっか、酒飲みすぎたんだ…

ちょっと横に…ゴロン…

「ん?」

なんか、いつもの布団じゃないな…ふんわり…洗濯したっけ…?

ちょっと反対に…むにゅ

「むにゅ?」

むにゅに手を伸ばすと、えーと、肌?

「だれ?」

ズキン…っててて…

その場で目を開けると、誰かが寝てる…な…えーっと、

「…っん、…もーちょっと…」

と、布団に潜った。

俺も、つられて再び眠りに沈んだ…



「佐々木くん、おはよ」

と、今度は俺が起こされた。

「あ…、あれ?陽子さん?」

布団の中でぎゅっと抱きしめられた。んだが、

「あれ?俺、なんかしました?」

「あ、…ふふふっ、あんまり覚えてないんでしょ。」

チラッと布団の中を確認したが、パンツ一枚も履いてない。そして相手の女性も素っ裸で、腰のあたりにさわっと陰毛の感触が当たる。

「昨日はよく寝れたわ。あ、佐々木くんは、ホントに熟睡してたから。ホントよ。」

と、脚を絡めてくる。股の間が少し湿っていたが。

「えーと、なんて言っていいのやら。」

「昨晩のことは、なんも無かったわ。佐々木くんは、ね。だから、ここまで。これ以上話ししても、何もないから。私は多少あったけど、それは聞かないでほしいの。ね?」



 少しずつ頭がスッキリしてきたので説明するが、B大学の3回生で呑みに来ていた。ゼミの集まりやサークル関係、元々友達だったヤツなど、十数名いたはずだ。

2次会が終わって、今度はバーに行こうとして6人くらいがまとまって店に入り、乾杯したところまでは覚えてる。ちなみに陽子さん(名字が竹で、タテヨコさんなんて自分で言っちゃう、明るいキャラの女性、1回留年してるので、1歳年上)は、いろいろ色の噂があった人だ。俺が知ってるだけでも、彼氏はすでに数人変わっている。

そんな人と、お互い裸でベッドを共にしたというだけで、周りの男からは痛い視線を送ってくるだろう。

なんというベタな設定かと思うかもしれないが、実際に、いま、ここで、それがリアルなんだからしょうがない。



 陽子さんが立ち上がって

「シャワー浴びてくるわね。あ、逃げちゃダメよ。私あまりお金持ってこなかったのよ。あ、そうか、一緒に入ろ。逃げられないように、ねw。」

ほらほらと俺も腕を引かれ、シャワーのお湯を被せられた。

途中で後ろ姿を見たが、お尻からその中央陰部にかけて、なにやら跡が付いている。

お湯を浴びながら、陽子さんが正面から体を密着してくる。適度な大きさの胸が腹にツンと当たる。胸に陽子さんの顔があるくらいの身長差だ。

「佐々木くん、こうみると、本当に大っきいよね〜。あたしが子供に見えちゃうわね。」

さり気なく?手をお尻から更に下の方まで、優しく?滑り込ませ、そのヌメッとした感触と、覚えのある男性精液っぽいかすかな匂い。

「あん。大丈夫だって。佐々木くんはまだなんもやってないから。…じゃあ、…やっちゃう?」

陽子さんは、上げてた顔を下に向けて、腹にキスしてきた。腰に回していた手のひらを、そのまま前に滑り込ませて、俺の中央に辿っていた。



 週が開けて、B大学のキャンバスに。

週末の飲み会にいた同僚にも顔を合わせた。今日は陽子さんがいない日だ。

「おう、おはよう。」

交わした言葉はこれくらいで、飲み会のその後などとくに問い詰められることもなく、普段の生活を過ごした。



 陽子さんの妊娠が判ったのは、4回生になってのことだった。時期的に、そのタイミングあたりでのセックスらしいのだが、そのタイミングだけでも数回飲み会が行われていたし、パパ活や就活でも似たような行為をしていたことがバレて、大学にはあまり来れなくなっていた。

「そういえば、佐々木も、犯されてたもんな〜」

という友達の一言が聞こえたのは、その時だった。

「だって、佐々木がすぐ酔いつぶれてただろ?俺たちみんなでホテルに連れてったんだ。その時に陽子ちゃんが他のヤリサーメンバーもいたから、佐々木の寝てる前でセックスしてたんだよ。そのノリで、佐々木を犯しちゃえよって誰かが言ったんだよな。寝てるところで陽子ちゃんも騎乗位を始めちゃってさ。」

全然覚えてないけど、セックスしたというのがその時に初めて知らされた。

それで陽子さんのところに会いに行って、話を聞いてみた。

「そんなこと、もう覚えてないわよ。佐々木くん、そういうところが好きなのよね。責任感があるっていうか。体格もいいし、顔も悪くないし、いい彼女と一緒になったほうがいいと思って、私はあまり近づかないほうがいいかなって思ったからさ。」

「いや…、俺、女の人には、あんまり欲情しないんだよな…。どっちかというと、男の方がいいから…」

「あ、…そうなの?…そっかぁだからかぁ。いや実は、あの日のことは、ホントは覚えてるわよ。セックスしたけど、途中で萎えちゃうの。なんどか試したんだけど、結局はイカなかったわよね。あたしの演技で、中で出てるって言っといたから、周りのみんなも信じたかもしれないけど。」

あー、やっぱり、そうなのか。たしかに女性相手のセックスは、何度か試したこともあったんだけど、男のケツの方が欲情するんだよな。

それでここでは、話が決着着いた。



 問題が起こったのは、その数日後のことだった。

陽子さんと話している、そのファミレスの様子を、たまたま陽子さんのお母さんが通りがかって、たまたま目撃したらしい。それを、お父さんに喋ってしまったんだそうで、そこが勘違いか何かで激怒の対象になってしまい、俺のアパートに逃げ込んできた。

ごめんなさいしか言わない陽子さんに俺は、なんとなく状況が把握できたので、

「ずっとここにいろよ。大丈夫だから。」

ときゅっと抱いて、頭をぽんぽんした。陽子さんは頭をこくんとうなずいただけだった。



 案外つわりは軽く、大学にも8ヶ月まで行くことが出来て、ちょうど夏期休暇のタイミングで出産になった。そのため大学にはさほど影響は出なかった。

俺も前から運送業のアルバイトをしていたが、それを継続して収入を少しでも入れるようにしていた。家事も普通に一人暮らしでやっていたから。

たまーに、俺の両親が上京して、初孫に会いに来ることはあった。陽子さんにも会って、親密な関係にも出来た。

「こういう親だったら良かったのに…」

と、なにかのタイミングにボソッと言っていたことがあったが、いつだったかは忘れてしまった。



ただ。

結婚もしていないし、籍も入れていない、血縁も無い、そしてまだ大学が残っている。

それがこの一年、続いていた。そろそろ、こんなずるずる引きずっていてもしょうがない。大学が終わるタイミングで、家族になって、一緒に暮らすことにしようよ。そう言って、陽子さんも同意を得て、卒業と就職の話を深めていった。

冬が過ぎようとして寒さも和らいできた時、俺と陽子さんと亮の3人でいたある日。

陽子さんの父親が、俺の家にやってきた。なんの前触れもなく。

「今まで何も出来ずに申し訳ない。この子は連れて帰ります」

の一言で、陽子さんを引っ張っていった。

あまりの突然の出来事だった。車で連れ去っていったので、走ってついていくことが出来ず、携帯の連絡も解約させられていた。

陽子さんからは実家のことは全く聞いていなかったし、学校に問い合わせても個人情報問題だと言って開示させてくれなかった。

婚姻届も書いてないので、役所に問い合わせも出来なかった。子供の出産も俺の今の住所ですべて手続きをしていた。

友達で知っている人を聞いて回ったが、LINEやメルアド程度しか知る人がいなく、ゆえに、陽子さんの連絡の手段は、すべて無くなっていた。



残ったのは、子供の亮と、俺。



 3月に入り、白や黄色の梅の花が咲き乱れる公園に来ていた。

亮はやっと立って歩くところにまで成長していた。青い芝生の上に、まだモコモコの防寒着を着て、ヨタヨタ歩いている姿を見ていた。

同じように若い夫婦が近くを通り過ぎ、亮の姿を微笑ましい笑顔で見送っていた。

大学は、卒業できた。

でも、それだけだった。

仕事は、いままで続いているアルバイトを、そのまま継続することで、今のところ検討中だ。今後に、なにか連絡が入るかもしれないが。

亮が、足がカクンとなにかにつまづいたみたい。ころんと横になった。あ〜と声が響いた。

「おー、いい子だ。ほーら。」

ひょいっと体を持ち上げて、たかいたかいをした。顔の表情が笑顔に戻り、きゃっきゃっと声を上げた。

「春だな。」

日差しがどんどん暖かくなってくる。亮の1歳の誕生日に、なにかしてあげたいと、最近はそればかりを考えるようになっていた。

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