第9話  養子

 その点に気がついたのは、秋になったときだった。

そろそろ年末調整の書類がくる、という、市役所も関係してくる一大イベントなのだ。

その時に関係してくるのが、家庭の収入。それによって税金の金額が変わってくるのだが、幼稚園の収支にも大きく関わってくるため、一応金額については調べることが出来る。

そんな中、渡辺先生も、本職の市役所職員という立場で一覧表を作っていたが、

「あれ?先輩は?」

話を聞いていた限りの収入の予想と、息子にかかる園の費用が、ちょっと合わない…と感じたのだ。



『先輩、何かあったら、なんでも話聞きますからね。』

とは、事前に何度も伝えていた。もちろん、家庭の事情については、深くは追求できないとは思っていたが。

だから、この違和感は感じつつも、それ以上は渡辺からは言うことが出来なかった。



 それが。

「なあ、渡辺…先生。実は俺の亮なんだが。」

と、突然切り出してきた。話を一通り聞いた渡辺からは、

「先輩…、なにがあったんですか?」

としか言う言葉が見つからなかった。



 つまり、佐々木家の父親と子どもには、血縁関係がない。

母親の子どもだが母親は行方不明、父親と母親は婚姻関係にない。

同居して養って保護している、だけの存在なのだ法的に言うと。



「先輩、話をしてくれて、ありがとうございます。」

渡辺は、まずこう話した。

「そういうことなんだ。だから、…いや、だけど、このままじゃマズイだろ。色んな面で。だからどうにかしたいんだけど、何をすればいいのか…」

「ふむ、そういうことなら、たぶん方法はこれでしょうね。」


養子。血縁関係になる、法的手続きだ。


「…、噂は聞くけど、どういうもんなんだ?」

「ぶっちゃけ言うと、婚姻届の親子バージョン、ですね。書類一枚書くだけです。あ、一応、戸籍が必要ですけどね。亮くんの戸籍はちゃんと存在していますから、それなら話は簡単です。30分もあれば、親子になれます。」

「…、そんな簡単なものなのか?」

「婚姻届だって、ほぼ同じですよ。」

前のめりで聞いている姿勢は、変わっていないが、顔の険しさは、ちょっと和らいだ気がして。



あ、今日は僕、渡辺のアパートに、佐々木家親子を呼んで、晩ごはんを一緒に食べてます。僕と先輩と、一緒に台所に立って、野菜の調理、テーブルの段取り、亮くんの相手と、一通り済ませて、食事も済ませて、一段落したところに、養子の話が出てきてました。



「養子は、親子になる関係を結ぶもので、1歳でも年上ならその人が親になります。」



通常と言われる、『両親が存在しているその子ども』が、『別の家庭の両親の養子』になったとします。この場合、元々の両親の関係性は維持されます。

なので、本当の両親と、養子先での両親の、あわせて二人ずつの父親母親が誕生するわけです。親が取り変わるわけではありません。

「よくドラマなどで、前の家庭から別れて暮らすというお話があるかもしれませんが、実は、子どもから見ると、どちらも親なんですよ。縁が切れるわけでは、決してありません。」



「そうなのか?」

「なので、母親がいない現在の佐々木家の場合、亮くんと先輩が養子関係になります。すると、先輩が父親、そして母親はそのまま存在する。しかし父と母は婚姻していない、結婚してないけど両親としている。そんな関係性になります。」

「ほぉー、不思議なものだな。」

「僕も、いろいろな家庭を見ていくことがありますけど、もっと養子の手続きを活用してほしいと思っています。個人的意見ですけど。」

「確かに、その手続きだったら、俺も大丈夫な気がする。」

「子どもに関してだったら、里親制度とかいくつかありますが、どれもハードルが高いんですよ。変に難しい条件があるんですが、養子は簡単です。この方が、絶対いいですよ。」

「そうなのかあ。わかった。ありがとうな。」



って言って別れて数ヶ月が経った今日、「養子、やるよ」ってぼそっとそう呟いたんですよ。

僕がそういうことを提案してたことも、ちょっと忘れてたくらい。だから、

「先輩…、なにがあったんですか?」

って聞いちゃいましたよ。

そうしたら、明日さっそく養子の手続きしてくるというので、…ちょっと一緒に居たほうがいいかと思って、役所の窓口で待ち合わせして、一緒に手続きしましょう、と伝えました。



 先輩が、緊張の面持(おもも)ちで役所に現れた時、妙に体がギクシャクしてて、『婚姻届でも持ってきたのかな?』なんて同僚から言われてた…ことは内緒にしておきます。

まあ、たしかに役所でもそうそうあるような手続きではないので、担当の方は係長に話を聞いたりしてましたが、それでも30分以内に、手続きを済ますことが出来ました。

「…ほぉー…」

先輩は、新しく発行された戸籍謄本を、5分くらいだろうか、じーっと、じ〜っと、眺めていたみたい。『まだ見てるねあの人』って同僚が言ってたのも、これも内緒にしておきます。



なお、同じように肉親関係を築きたいという、パートナーシップとか同性婚とかの場合も、普通に受け付けています。こちらに性や年齢の偏見や障害は、殆ど無いからです。形式上、親子関係だからでしょうね。



 言えずにいたけど、今度機会があったら、先輩と養子縁組しましょうって言ってみよう。

先輩、どういう顔をするかな。たぶん、今みたいな、じーっと戸籍謄本見てるような、あーいう顔をするんだろうな。

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