第8話 法螺(ほら)
乗り気じゃなかった。
同窓会なんて、どんな顔をして出れば良いものだか。
そもそもあの大学は、肩書が良いけれど、実際問題俺にとってのメリットなんか、今となっては全く無く、むしろ重荷になってきてさえいるのに。
家族にでさえ「出ねぇよ。行かねぇよ。」と言ってきてたのに、
なぜか幼稚園のオクサマ方に知れ渡ってしまい、
「これでいい人が見つかればいいわねぇ」
とまで言われてしまい、はっと気がついた。
もしかしたら、彼女のことを知ってる人がいるのかもしれない…
雑踏というのは、こういうことを言うんだろうなぁなどと、なぜか大学生活が頭を占めるような、タイムスリップしたような感覚を覚えた。
雑踏なんて言葉、試験とか論文とかのときに使う以外に、いったいどこで使うんだ?と考えたりした。社会人になってからの知識など、お金の計算と、体力の温存の仕方くらいしか使うことがない。
想像もしてみたが、やっぱり、陽子さんはいなかった。
やっぱり、というか、残念、というか。
亮は元気で育ってますと、伝えたかった。これが本音だった。今更、一緒に暮らそうとか、そんなこと言えないだろうなあ。お互いに。でも、大きくなった亮を、どういう思いで会えるだろうか。それに、陽子さんの実の息子だ。引き取りますと言ってくることも、十分に考えられる。
「おう、久しぶりだなあ」
と、肩をぽんと叩かれた。振り返ると、知らない顔。
「お、おう。久しぶりだなあ。」
「なに、最近はどうなの?課長になったか?」
なんだこいつ?社会人5年で課長になれる会社ってどこだよ?
「いやぁ、まだまださぁ。」
「あ、じゃ、エリアマネージャーとかか?やるなあ、お前って前から凄腕だったからなあ。」
体力だったらスゴイかもしれないが、俺はそんなキャラじゃねぇよ。ってか、誰かと間違えてないか?
「おーい」という遠くの声が聞こえたと思うと
「あ、わり。ちょっと行ってくるわ。じゃ、楽しんでってくれよな。」
と、さっさと離れていった。あ、今のはもしかして幹事かな?
まあ、それより、当時の陽子さんを知っている人って、誰かいないか…?
「なぁ、」
「ん?」
「さっきの、あの大男、誰だ?」
「知らね。」
「なんだ?知らないで近寄ったの?」
「まあ、誰だっけな〜って思ってたんだけどな。どっかで見た顔だったから。全然知らないヤツだった。」
「じゃあさ、前に相手してた彼女、いま人妻なんだってよ。口説いてみるか?」
「お前のは、脅し、だろ?寝取り好きだもんな。」
「そんな昔とは違うよ。俺も大人になったんだぜ。」
「どこがだよ。手口がヤリサー時代と変わってねぇよ。」
「お前には、今の女の子を紹介してくれるってよ。現サークル会長が言ってたぜ。」
「お、おう、それなら文句ねぇよw。」
さしあたり、同じゼミの人たちと話をしてみたが、陽子さんのことを話してくれる人はいなかった。
「…、あ、あぁぁ…、陽子さんね。はぃはぃ…」
と、なんか濁してしまう。まぁ、ヤリサーでいろいろヤッてた話はいろいろ聞いたから、そういうイメージが付いちゃってるんだろうな。
うーん、このままいても、情報は出てこないようだな。ここはもう帰るか。もう、この話は、ここでは出てこない。俺の方で処置しよう。
実は、渡辺先生の申し出で、亮を正式に養子にしたほうが良いと言われていたのだ。これで、実質にも法的にも、俺の息子ということになるのだと。
その方が手っ取り早いし、難しい話ではない。関わってくるのが俺と亮だけだから。他に関係を持つ人がいないから、とてもスムーズに事が運ぶからだ。
実の母親の話も聞きたかったのだが、この会場の雰囲気から見ても、歓迎はされないだろう。
よし。そうなったら、ここにはもう用は無い。帰ろう。
「あ、あの、もうお帰りで?」
という受付担当の言葉も、これから仕事があるのでと言って、さっさと出てきた。
「さて、終盤に差し掛かってきました。残る景品は、あと3つです。」
同窓会のラストを締めくくる、福引抽選会。参加者が全員集まって、司会者の持つ抽選箱に注目が集まっている。
「次の当選者は、…えぇと、佐々木さん。おめでとうございます。」
ざわざわと観客は声を出しているが、当選者は出てこない。さっき、帰ったのだから当然なのだが。
「えーと、佐々木さん、いませんか?スポーツ学部の佐々木さんです。いませんか?」
「ん?スポーツ?佐々木?」
「ん?どうした?」
さっきの元ヤリサー男が、司会者の声に反応した。
「佐々木…なあ、同期に佐々木って、あんまりいなかったよな。」
「えーと、おーい、参加者リストってあったか?…えーっと、今回の参加者では、佐々木は3人だな。うち1人は欠席の連絡が来ている。今日来ているのは、女と…男と、1人ずつだな。」
「…スポーツ?…あ、あいつだ!佐々木って。さっき俺が声かけた大男だ。」
「んん?なんだ?なにがあった?」
「あいつ、陽子さんをハメた奴だ。思い出した。あのあと陽子さんが妊娠したんだ。そうだ、あいつが佐々木か。」
「なんだなんだ?何があったんだ?」
急にキョロキョロ周りを見渡し走り出す男に、ヤリサーの男はついていけなかった。
「いませんか?スポーツ学部の佐々木さん。」
「あいつ、どこいった?あいつのせいで、陽子さんもサークルに来れなくなったんだぞ!」
「いなければ、棄権ということで、もう一枚引きます。こちらが当選の方になります。さて、当選者は…」
「佐々木?どこいった?佐々木?」
「え?あの、ちょ、ちょっと、きゃっ」
「佐々木?どこだ?陽子さんを!佐々木?」
ステージの前の方で、男が佐々木の名前を出して叫んでいる、陽子さんの名前も出している、ということが、この場面から広まった。
その夜、某SNSに、同窓会のネタとして、
『ヤリサー姫・陽子を佐々木が奪って、サークルから恨まれている』
という話に発展していた。もっとも、この話はその後2週間程度で消火され、みんなの記憶から消えていった。
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