第7話 本業
「渡辺くん、この書類もお願いできる?」
「あ、はい。えーと…」
市役所の地方分所に配属して、幼稚園との掛け持ちでの両刀使いは、厳しいものがある。
本来なら、幼稚園は専属、市役所の仕事も専属、そうでなければ両立も出来ないものだが、
地方の自治体ではなかなか難しい。
最近でこそ、非正規ではあるが職員も増えてきたが、まだ絶対的人数が足りないし、非正規では深くまで仕事を任せられないというジレンマもあり、
「あの、すみません、さっきの書類は、福祉課のどの担当になるんでしょうか?」
「えっと、これ私の担当じゃないのよね。渡辺くんだったら分類できるかなーって思ったの。障害にはあたらないと思うし、税務ではひとり親の分類でしょ?だから係長に聞いてみたら判るんじゃないかしら。」
「あ、はぁ、そうですね…」
ご家庭の収入まで踏み込まなければならない分野の仕事なので、なんともやり辛い。
一応、父親だった人が戸籍に入っていれば、そこから個人番号ツテでリンクされて判るんだけど。
「係長、こちらのご家庭ですけど、今年度の市民税が引き落とされていません。幼稚園の子供がいる、母親のひとり親ですけど、幼稚園にも引き落としがかかっていません。催促状はまだですよね。通知出していいでしょうか?」
「んー、どれ?…あー、ここかぁ。あの奥さん、去年もなんだよなあ。今年もかあ。まいったねえ。…この子供って、どこの幼稚園?」
「…僕の行ってるところです。」
「あ…、…、それはやりにくいねぇ。」
「はい…。」
そう、よく知る、顔なじみの奥さんなのだ。
前にも相談してみたことはあったけど、
『じゃ、先生、結婚してくれますか?ウチの子も喜びますし。』
って、平気でそういうことを言ってこられた。
「役所じゃ、収入を増やしてもらうようお願いするしか無いからねえ。離婚すると、そのあと3年間は引きずることになるからねえ。渡辺くんも気をつけてよ。」
「こういう事情が判っちゃうと、結婚が出来なくなっちゃいますよ。」
「だなw。…って、私がそんなこと言えない立場なんだけどね。それに、東京じゃないんだから、仕事はまだまだいっぱいあるって聞いてるぞ。衣食住に関しては、だけどな。」
「ちょっと聞いた話ですけど、パートでも、週4日以上でかつ6時間というのが、まだまだあると聞きました。企業側でも、もう少し柔軟に、もっと短時間でも受け入れ可能にしてもらえたら、少しは変わってくるとは思うんですけどね。」
「働く側からみるとそうだけど、企業からは、時間あたりの人数が増えることになるからな。人にかかる手間は省略できないから、会社はその分苦労が増えるポイントではあるよな。」
「えっと、じゃあ、…これはそういうことで、」
「通知出そう。振込用紙になってる、アレでな。」
「わかりました。本人には何も言わないでおきます。」
「うん、その方が良さそうだな。」
ということで、税務係と話をつけることに。
「…ということで、この園の歳入を増やす方法が、ご家庭からのお預かりであることには、やっぱり変わりがないということなので、その点を、心に留めていただきたいと思います。」
「つまりは、お子さんにも、親御さんにも、サービスの質は、今までどおりに、誠意を込めて、ということですね。」
「はい。そして、園の歳出については、無駄を省く…といっても、もう既に無駄はほとんどありませんけど…、経費削減については、アイディアで勝負ということ、
そして歳入については、市の予算を組み込むということになります…。」
園児も帰って、日も暮れた時間帯に、園の職員が集まって、月に一度の職員会議を開いている。今回は園の来年度予算の報告であった。
こうして園と市役所の行き来を繰り返し、予算と経費を確認し、それが、本当の渡辺先生のお仕事なんですね。
「渡辺先生って、社会人は3年目でしたっけ。そして幼稚園が2年目ですか。まだ若いですよね〜。」
「ははは…、ありがとうございますぅ〜」
園の帰りの送迎の時間帯、子どもたちが帰路につく。親御さんが迎えに来てくれる方とは、門のところで話し合ったりする。
(市役所の職員ではあるけど、正式な園の職員ではないので、門から外に出ることが出来ないため。)
「あ、あら。珍しい人がいらしたようで。」
「あ、あれ?先輩?」
「どうも、渡辺先生。今日はちょっと仕事抜けてきまして。夜まで少し時間があったので、来ました。」
今日は俺も時間を作って、園に寄る時間が出来たので。やっぱり先生に会いに来たよ。口には出してないけど。
「あらー。若い男性が揃うなんて、今日は大安だったかしら。」
ちょうど、園の中からさよーならーの声が響いてきた。
「あ、ちょうど終わったところみたいですね。」
「どどどーっと出てきますね。」
「この光景も見ものですからねえ。」
「私はこのツーショットだけでも、目の保養になりますわw。」
笑いが包まれている空間に、子どもたちが大勢なだれ込んで来て、大わらわになる寸前の光景だった。
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