幼稚園の先生は、俺の後輩。

明久 亜伸

第1話  序章

 息子が幼稚園に向かって走っていった。俺はその姿を、道の角で姿が見えなくなるまで手を振っている。

そうしてくるっと振り返り、

「おはようございます。」

と、声がかかった。すぐ隣の家の奥さんだ。

「あ、おはようございます。」

「今日も早いですねえ。うちの子もそろそろ出さなきゃ。あ、帰りはまたウチにいますので、安心して、あなたもいってらっしゃい。」

「あぁ。いつもすみません。よろしくお願いします。」

俺の仕事がトラックドライバーで、もう少ししたら出勤時間だ。片道20分だからすぐソコなんだけど。

しかし帰りの時間が不規則で、幼稚園の終わる時間が早いので、いつもお隣さんがうちの息子を預かってもらっている。

「いぃえぇ。亮(りょう)くんっていい子ですから、ぜんぜん手がかからなくって。かえってウチの子を面倒見てもらっているくらいですから。」

「へえ、そんなことしてるんですねえ。」

「今度は、あなたも、ぜひウチに遊びにいらしてくださいな。夕食でも一緒にいかがですか。」

「あぁ、ありがとうございます。仕事の時間が変にならなければいいんですけどね。」

と、なんとなくはぐらかして、さっと家の中に入る。そして出勤の段取りをして出かける。



 コンビニ向けの配送センターに着いて、今日の荷物を確認する。連休が終わったから、また量が増えてるみたいだな。うちのルートはビジネス街を通るルートがいくつかあって、だから街中を通ることが多い。ビジネスマンは休日には出てこないから、土日は販売量が少なくなる。だから今日みたいな平日のほうが、配送量が多いのだ。

「今日は特に変更点はないので、いつも通りです。それでは、交通事故には気をつけて。商品の事故にも気をつけて。ご安全に。」

朝礼が終わって、さっそく車に乗り込む。俺は運転側、今日は助手席に若いのが乗っている。

「それでは、よろしくおねがいします。」

「おう。行くか。」

通りに出て、最初の店舗に向かって、アクセルを踏んだ。



 今日の配送ルートは、昼下がりの頃には俺のうちの近くを通る。

コンビニのルートは、分単位で行く道が決められている。速度は守らなければならないし、遅れが1分でも報告しなければならないし、けっこうめんどくさいので、慣れていない人だと、早くのうちに辞めていってしまう。そこから慣れてきた人が、けっこう長続きするので、だいたい決まったメンバーで回していくといった感じだ。

毎週のことだが、家の近くを通るタイミングも、時間がほぼ決まっている。なので、幼稚園の散歩の時間とのタイミングが合うと、ちょうど次の交差点で信号を渡る頃だ。

「あぁ、いたいた。」

赤信号の横断歩道を、みんなで待っているその人だかりの先生。渡辺先生だ。

車側が赤信号になったので、俺の車が止まる。この車に気がついて、先生が会釈をする。俺も片手を上げて挨拶をする。

「はい、青になったね。行くよー。」

幼稚園のみんなが一列になって渡っていく。今日は息子のクラスじゃないようだ。でも小粒の子どもたちが、俺の車に挨拶しながら渡っていく。

みんなが渡りきったところで、渡辺先生は振り返って、また会釈する。

「いぃなー…」

ぼそっと呟いてしまう。

そして俺の青信号のタイミングで、また走り出す。

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