第4話 休日
たまの休日は、俺も不定期の配送業務で体が疲れてることもあって、時間を気にせずに寝ている…のが理想なんだけど、皆さんのご想像どおり、
「おとーさん、お・き・て、お・き・てっ」
けたたましい可愛い声で、俺をまどろみから覚ましてくれる。
「お、ぅぉお〜…、父さんは眠いんだけどな〜」
「だーめ。ほーら、朝ゴハン、食べたいのっ」
あ、そうか。それは亮に任せられないからな。…ぁああーっ、やるかっ。
朝食は、パン食のことが多い。朝は忙しいから、時間をかけずにぱぱっと作ってぱぱっと食べられる、パン食のほうが都合がいい。今日は俺の仕事も、幼稚園も休みなので、めったにない、時間を気にしない朝食なのだ。
パンを半分にちぎって、亮に渡す。まだ慣れきっていないバターを塗る作業も、『やりたい』と言い出してから、やらせるようにしている。俺もささっとジャムを塗って、口に入れる。
「あー、おとーさんが先に食べた〜」
と指を差してくる。その仕草も可愛くて、ついつい笑い顔にさせられる。
いつも休みのときの過ごし方は悩みどころ。俺と亮の二人が何かをするとなると、意外と選択肢がないのだ。そんななか、今日は予め予定を組んであったので、1時間前から用意を初めて、しかしすぐに準備が終わるので、かえってそわそわしている。バッグの中を何度も確認していたりしている。
亮と車に乗り込み、目的地に向かって走り出す。
「あ、おもちゃ持ってくるの忘れた。」
あれだけ準備時間があったのに、お気に入りのおもちゃを袋から出してしまっていたのだ。
実は俺は、瞬間それを見ていたが、あえてそのままにしておいた。たぶん、持って帰ってくるのも忘れるんじゃないか、と思って。
「あ、あぁ、残念だ。じゃあ、あのおもちゃは、お留守番しててもらうか。」
「ぶー」
ふくれっ面になりながら、袋の中をもう一回確認している。もう中身は変わらないぞ。
目的地に着いた。今日は、スーパー銭湯に来ていた。
「あ、佐々木さん、こんにちは。」
例の、渡辺先生、登場。
「あー、先生も来たの〜?」
「そうだよー、亮くんも一緒に入ろうか。」
「うん!」
実は、亮には内緒で渡辺先生と待ち合わせしていたのだ。
いつだったかの懇親会の時に、休日は、たまにスーパー銭湯でゆっくりするという話をしたときに、先生がノッてきたのだ。それじゃ、一緒に行きませんか、と。
「先生もねぇ、お風呂が好きなんだよ〜。」
「ほんと〜?」
先生も、ホントに子供が好きなんだなって思った。俺もだけど。
男3人での銭湯は、行動がだいたい同じところを回っていく。
なんとなく、年長の俺の後に、亮がついて、それを先生が追いかけるみたいな。
風呂場の中だったら、一通り回ったところで、心地よい数箇所以外は行かなくなる。
亮はまだまだ経験が浅いので、心地よいポイントはまだ決まっていない。
あっちにこっちに、瞬時に行動を始める。お湯に浸かるのも5秒と続かず、次の目的地へ向かっていく。
その様子を、俺と先生がふたり並んで、大きめの湯船に肩まで浸かりながら、左に右に頭を向ける。
「本人にとっては、5秒で状況を決めてるんでしょうね。」
と、先生らしい分析を解説していた。
「次のターゲットも、近くを探せばいいんだけどなあ。わざわざ遠くを決めていくんだよね。」
バシャーと上がって、てくてくと小走りに向かう先が、浴槽2つ超えた向こう側。今度は俺達を横切って反対側の壁際。
「なんだか、自動掃除機みたいですよね。」
丸くて小さめのAI搭載の某掃除機は、障害物を避けながら、まずは壁際を大きく動き、中央のまだ回っていない範囲をあとでクルクルと細かく制覇していくという。最終的に全面をキレイにしていくその動き方に似ている、というのだ。
「ほぉ、そのイメージは考えたこと無かったですねえ。」
「僕も、ああいうのジーっと見入っちゃう方なんですけど、動きを追っていくと、そういう感じなんですよね。充電しに戻るところも、動画スタンバって、あとで見たりします。」
「理数系なのかな。考え方が理論的だよね。」
また俺達の目の前を、亮が通り過ぎた。もう、何度目か分からなくなってきた。
いつしか指が触れていたのが、腕を絡めて、脚もクロスしている。
にごり湯の湯船の中だから、他の人に見えるわけではないが、ちょっとドキドキしてくる。
俺の手を導いて、先生の腹に当ててくる。俺はすすっとその周りを撫でてみる。
下に添っていくと、手の甲に固くなったものがちょっとあたった。
先生の額に、じんわり汗が吹き出ていた。そしてニコッと笑った。
ぼちゃん。「おとーさん、せんせー」
と、亮がじゃぶじゃぶ走ってきて、先生の目の前にぽすんと飛び込んだ。
俺の手はとっさに引いたが、ちょうどその先生の腹に、亮の腰がすぽっと入る体位になった。
先生の硬いのが、亮のお尻で挟まれた。
「おうっ」
先生の声がちょっと聞こえた。
「…ろくじゅはち、ろくじゅきゅう、はちじゅう、えーと、」
「違うぞ、68から、もう一回だ。」
「えー、…えっと、ろくじゅはち、ろくじゅきゅう、はちじゅう、」
「おっと。そこは68、69、70だ。」
「ななじゅいち、ななじゅに、ななじゅさん」
「…うまく誤魔化したな。」
先生も、くすくす笑って、俺達の様子を見ている。風呂から上がるときの、恒例行事だ。肩まで浸かって、100まで数えるカウントアップの時間だ。
「96、97、98、99、」
ザバーと勢い良く立ち上がる。100は言ってないけど、まあ、これはいいか。
「よーし、行くかぁ。って、ちょっと待て。」
タオルを絞って、手渡しする。ドアに向かっていた亮は戻ってきて、タオルを手にしてまたドアに向かっていく。
やっぱりおもちゃ持ってこなくて良かったよ。
「いやぁ、なんかこういうの、憧れますねえ。」
お父さんと息子が、レストランでメロンソーダを頼んで一緒に飲んでるところを、写メ取りながら先生は呟いた。
「そうか?」
「なんか、親子だなぁって感じがして。」
「ふふっ、まぁな。まあ、二人の生活だから、自然とこういう感じになってきたのかもな。」
「先輩って、奥さんいたんですか?」
「ああ、いたよ。もう3年4年になるか。それからずっとこうだけどな。」
その時の話は、またサイドストーリーで、途中で差し込むと思うから、気が向いたら読んでください。
「先生は、どうなの?」
「僕は、僕は、うーんまだいいかなぁ。」
「子供は、いたほうがいいぞ〜。時期の早い遅いは、どうなのかは分かんないけどな。」
「そうですねえ。いまの子たちも、シングルの親はけっこういるんですよねえ。」
うちの家庭も父親だけだが、母親だけの子も数人いるそうで、少子化だけどそっちの割合も少しずつ増えてきているという。
「そういうところも、大変なところはしわ寄せ来てるんだよねえ。」
「市役所側も、対策も苦慮してるところです。保護者の協力をもらえないところもあるんですよ。」
俺のところは、俺の親やお隣さんに面倒見てもらえる環境にあるから、まだまだいい方で。親が籠もりっきりの家庭も、中にはあるそうだ。
「もう少し、オープンになれるように出来ればいいんだけどな。」
亮がソーダを飲み終わり、俺の椅子に寄ってきた。俺の座ってるところに、ちょこんと座ってきた。今度は俺の番か。
「あ、そろそろ疲れてきたか?」
「いやー、ホント、亮くんって可愛いですねえ。」
「亮も、だんだんきかん坊になってきたぞ。これから大変な時期だろうな。」
俺の腹を背もたれにして、寄りかかってきた。
夕暮れが、だんだん青く染まってくるタイミングで、俺達は駐車場に来た。
「いやー、今日はなんだか俺達を見てるだけだったみたいで。今度はもう少しゆっくりと、どっかでなんかしましょう。」
「いやー、今日は佐々木家のいいところ見られて、すごい癒やされましたよ。」
俺に抱きかかえられてる亮は、すっかり夢の中だ。
「それじゃ、また明日ですかね。」
「先輩も。また会いましょうね。」
じゃっ、と片手を上げて、別れた。俺の車に向かう。
途中で振り向いて、先生も同じタイミングで振り向いていて、またかるく会釈をしていく。
車のドアを開けて、亮をそっと下ろす。シートベルトをまわして、弛みの無いように、ちょっと体に締めた。
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