旅先ご飯

 パロスが治療しているテント前の列が短くなるにつれ、隣にできた新しい列は長くなっていった。


 うねうねと並ぶ中には明らかな貧困層も居れば、地元の住民らしき姿も、修道士や旅の修道士の姿もあれば、その中に混じるバンダナに首輪のウォルの姿もあった。


 短くない時間、周囲のお喋りと遠くから時折聞こえてくる歌声にむっつりしながら黙々と手でウサギや牛の影を作りつつ並び続け、番になってウォルが最初に受け取ったのは大きめの木のボウルとスプーンだった。


 それを抱えてまた並び、次は大きな鍋の前、流れ作業で注がれるは茹でた芋が三つとその茹で汁、次の鍋まで行くとその上に茹でた豆がべちょりと添えられた。


 それを受け取ると列は解散、各々思い思いの場所へと広がり、食事を開始し始める。


 列の近くは忙しなく、教会近くは先陣の家族らしい一団が占領し、ならば空いてる方へとウォルが向かえば、そこは墓地だった。


 苔むした墓跡はどれも古く、文字は欠けてて読めない。それでも辛うじて二重らせんやら萎びた花やら、埋めたばかりの地面やらで間違いなく墓地なのだが、ここの人にはそれがわからないらしく、その墓石に座ったりボウル載せたりして、今は青空食堂の椅子か机と化していた。


 この風景に一瞬眉を潜めるウォルだったが、それ以上怯む事もなく、ドカリと今しがた空いたばかりの墓石に腰を下ろして、早速ボウルの中身を口の中へと運ぶ。


 ……突如として表情固まる。


 ゆっくりとボウルの中身を確認し、混ぜて異物がないかを見直して、それから覚悟を決めるように鼻から息を吸い込む。


 目を瞑り、振るえるように噛み砕き、舌で潰してその度に強張って、最後にはイモを大きな塊のまま無理矢理飲み込んだ。


 そこから二杯目に行くのに更なる覚悟が必要だった。


 と、周囲がざわつく。


 ウォルが顔を上げて見ればざわつきの原因が三人、人々に絡まれながら来る中心は当然パロスだった。


 そして向かって右側はピコー、そして左側はあのフィアンセだった。でっぷりした体型はそのままに、だけども服装はピコーと同じく修道士、そしてその眼差しはやたらと輝いていた。


 そんな三人、一歩ごとに囲まれ、これに笑顔を振りまきながらウォルの前に立つ。


「お疲れさまでしたウォルさん。こんな感じでこれから先も旅していくのですが、どうですか?」


「どうもも何も、付き合うしかないだろ?」


 パロスの問いにウォル、スプーンで首の首輪を叩いて聞かせる。


「おやおや。そのネックレスがどうかしたのかい?」


 今更な質問をしてきたのはフィアンセだった男の腕を引き、どこかへと連れて言う。


 その後ろ姿を隠すようにパロスが前に出た。


「申し訳ありません。まだガヴァ―ジュさんにはウォルさんの事情を話してなくて」


「あぁ自己紹介もまだだったしな」


「まぁ打ち解ける時間はありますよ。素晴らしことに彼も旅に同行してくださることになりましたから」


「……あれだけの会話で手なずけるとか、やっぱ薬は偉大だな」


「ウォルさん。ですからあの瓶は薬じゃなくて、まぁいいです。それよりも、お食事のお味はどうですか?」


「塩辛い。味見したのかよこれ?」


「それは、ほら、汗をかいて失った塩分を補充してもらおうという素晴らしい心遣いなんですよ」


「嘘だ。実際は一切塩味がしない。ここの連中は味付けってものを知らないのか?」


「あーっと、それはきっとよく混ざってないんですよ。大鍋で混ぜてると底まで届きませんから」


「混ざる混ざらない以前にこいつとんでもなく酸っぱいんだが? これは食っても大丈夫なんだろうな?」


「それは……えっと、はい」


「あぁ食ってないのか」


 一言にパロスの表情が笑顔で固まる。


 これに対してウォルは特に表情を変えずにスプーンを芋に突き刺し、口の中へねじ込み、丸のみにする。


「貧乏人に中の住民は腐った食い物が主食だ。生きた虫が入ってないだけ火が通っててましだがな」


「そんな!」


 反論するパロスをウォルは鼻で笑う。


「どうだっていい。むしろ変なもの食われて死なれた方が困る。その調子でどんどんいいもの食ってくれたまえ」


 言うだけ言ってウォル、残りを力任せに口の中へとねじ込んでいく。


 それに返す言葉見つからず無言で見つめるだけのパロス、その背後に二人が戻ってきた。


「すまない。事情を知らない新参の分際で深入りしすぎた。申し訳ない」


「気にするな。誰だって事情を知らなければ事情を知れない。そこに悪意がなければ、謝って仲直りだ」


 勝手に謝るガヴァ―ジュを勝手に許すピコー、その二人の会話を見ながら残り全部を描き込みウォルはボウルを空にした。


「そんなことよりもパロス様、お茶会の準備ができました」


「あ、え?」


 ピコーの言葉に鈍い反応、けれどすぐにパロスは笑顔を取り戻す。


「はいそれは素晴らしいです」


「それでは、ウォル君、彼の事を頼んだよ」


「……あ?」


 返事を待たずにピコー、そして促されるパロスが立ち去って、ガヴァ―ジュだけが残された。


「それではウォル先輩、食べ終わったみたいですし、さっそく向かいましょう!」


「おい勝手に進めるな」


「大丈夫! ピコー先輩に今日のスケジュールは全部伺ってます! これから食器洗いに周囲の掃除、それから道路の整備にお年寄りへの力仕事、終わったら礼拝の準備、そして警備! あぁ善行を積みながら聖女様と共に歩めるとは! このような幸せがあって良いのだろうか!」


 すっかり染まったガヴァ―ジュにうんざりの表情を見せながら、ウォルは顔をしかめつつボウルのに凝った残り汁を啜り飲み干した。

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