お強い方
額をさするパルス、目を見開くイワン、転がるオリーブそして遅れて周囲が騒めき出す。
「パロス様!」
声を上げ、缶を投げ置きながら慌てて近寄るピコーに、パルスは笑顔を崩さず左手で大丈夫と示した。
だが安堵できない周囲は引きつる表情で固まっていた。
「大当たり。これで死んだな」
その中でウォル一人、意地悪く笑い、自白する。
「貴様! 何をするんだ!」
そのウォルへ、怒りをあらわにピコーが詰め寄った。
「いい歳した大人がこんな子供のいたずら、恥ずかしくないのか!」
「いたずら? 今のは暗殺未遂、本気ならこっちを使ってる」
声を荒げるピコーをウォルは鼻で笑い返すと、ポケットからジャラリ、曲がった釘を何本か、引っ張り出してまだ空のカップの中へと流し入れて見せた。
「至近距離、間に障害無し、ボディチェックも無し、これならちゃんとしたナイフも持ち込める。で、可愛いお顔にブスリ、終わり、天国へご案内、これぐらい、俺だって知ってる初歩の初歩だ。それをこうも易々と、お前本気で命狙われてる自覚あんのか? おいお前に言ってんだよ聖女様よ!」
ウォルが体を傾けパロスへ声をあげると、それを遮るようにピコーも移動する。
「ここにいるのはみな身元がはっきりしている。いちいちチェックも必要ないような信頼のおける人ばかりだ。例外はただ一人、君だけだ。君がここにいるのは枢機卿様が連れてきたからにすぎない。それさえなければ安全なのだよ」
ピコー、厳しい声とともにちらりとイワンを睨むと、イワンは肩をすくめて見せた。
「そんな目をしなくてもわかっているよピコー君。この無礼は代わりに私が謝罪しよう。だが事実、彼女の身に害があった。それを君は阻止できなかった。これは正すべき問題では?」
「それは……認めます。ですのでそれを正します。さっそく、君、ここから出て行ってもらおうか」
「ピコーさん!」
いつの間にか背後にパタパタ来ていたパロスを手をかざして遮るピコー、それらを見てウォルは薄ら笑みを浮かべると立ち上がる。
「こういう状況、なんて言うのか、俺だって知ってる。やれるものならやってみろ。もちろん力づくでな。賢いお前らなら、これぐらいの意味、分かるよな?」
「ちょっとウォル君、これ以上はちょっとやりすぎだよ」
ひそひそ声のイワンを、ウォルは手をかざして制する。
「大げさに騒ぐなすーききょーさまよぉ。これはただの自己紹介、いや就職試験とか言うんだろ? 実力がなければ、護衛の仕事も何もない。違うか?」
「それでも暴力は良くないよウォル君」
これにウォルは、歯を見せてわざとらしく笑う。
「暴力じゃあない。これは、中で言うところの、ただのじゃれ合いだ」
そう言って前に出ると、応じるようにピコーも進み出る。
対峙する二人、先に動いたのはウォル、フッと左手を顔の高さに上げた。
人差し指と小指を真っすぐ、残りの指を一束に、手で形作るのはキツネだった。
子供の手遊び、何の意味があるのかと見るピコー、その鼻が、ウォルの右手親指人差し指の間につままれる。
優しく、鼻の穴を閉じる程度の力、初めは驚きの表情だったピコー、だけども直ぐに表情が変わった。
痛みはなくとも挑発にはなる。怒りをあらわにピコー、乱雑に右手をもってこれを引きはがした。
これに大きくとばされたウォルの右手、それが伸びたまま一度揺らめくとヒタリ、指がキツネの形を形作った。
それとほぼ同時に、ピコーの鼻を左手のキツネの口がパクリと啄んで見せた。
「もぐもぐ。うーん無能な偽善者の味がするコーン」
ウォルの馬鹿にする声に、ピコーは体を大きく震わせウィルの手を派手に引きはがすと、顔を真っ赤に、そして拳を大きく振り上げた。
「貴様!」
「素晴らしいです!」
その間に、するりと入ったのはパロスだった。
「お二人ともお見事でした!」
パロス、声を上げながらウォルの前へ。存外に素早い動きで右キツネ、左キツネ、交互に捕らえようとするも、ウォルは狼狽えながらもこれらを回避した。
「ウォルさんお強いんですね。あの見事な手さばき、フェイントっていうんですか? 他所から見てた私までも思わず翻弄されてしまいました!」
掴み損ねた両手を誤魔化すように、前に組み直しながらパロスは歌うように続ける。
「それにオリーブ投げ! あんな小さなものを正確に投げられて、それも痛みを感じるほど力強いなんて! あぁなんて素晴らしいのでしょう!」
パロスの満面の笑顔に、ウォルの表情から馬鹿にした笑顔が消え、代わりに困惑が現れた。
そして何か口に出す前にパロスの方からパッと離れ、踊るように振り返り、今度はピコーへと向き直る。
「ピコーさんも、ウォルさんの力試しに付き合ってくださり、ありがとうございました。本気になればその太くて逞しい腕を振り回せばなぎ倒せたのに、そんなことをしてしまっては回りに被害が出るからと、ぐっとこらえる観察力、忍耐力、何よりもお心遣い、実に素晴らしかったです」
急なパロスの言葉によって赤が引いていくピコー、その拳がゆっくり静かに下ろされる。
これに、ウォルの顔から笑顔が消えて、今度は逆にいら立ちが現れる。
「おい聖女様よぉ。決着を決めるのはお前じゃないだろ?」
「あら? 決着ならもうついてるじゃあないですか?」
引きつるウォルの表情へ、パロスはにっこりとほほ笑み返す。
「ウォルさんとピコーさん、どちらがお強いかなんて関係ありません。それよりも単純明快に、お二人が力を合わせれば、お一人お一人よりもお強いに決まっています。そうでしょ?」
「あ? 何だその詭弁は」
ウォルの不満の声を周囲からの深いため息がかき消した。
「その通りですわパロス様!」
「あぁなんと清らかなお考えなのでしょう!」
「やはり聖女様、我々なんて足元にも及びませんわ!」
次々と褒めたたえる周囲の声に、ウォルの続く声がかき消されていく。
「パロス様!!!」
そこへ一際大きな声を響かせてピコー、それに驚くパロスの意思を無視して両手をがっしりと掴む。
「おっしゃる通りです! そう! 争いは何も生まない! 何度も聖書を通して学んできたはずのこと! それが現実にあること! 目の前にあるのだと! 気づかされました! 流石はパロス様! このピコー! 大変感服いたしました! その教えを実現すべく生涯お仕えさせていただきます!」
言うだけ言うと手を話し、パルスの横をすり抜けウォルの前に出る。
「ウォル君! 君がしたこと! 許そうじゃないか! オリーブを投げたことも危機を知らせるために取った行動断だろ? やり方には問題があったがその警告! 自ら悪者になってまで正そうとするその心! 君の気持は確かに受け取った! そして実力も十分に堪能させてもらった! 君と私! 二人が協力すればいかなる神敵であろうとも敵ではない! さぁパロス様のため! 共にこの身をささげようじゃあないか!」
宣言と同時にピコー、襲い掛かるように両手を広げて抱きしめようと突っ込む。
これにウォル、全力での回避、椅子やらテーブルやらぶつかるのもお構いなしの全力ジャンプで逃げた。
「おいなんだよ」
急変に、ウォルは狼狽を通り越して怯えを見せる。
「言っとくが、俺はまだここに残るとは一言もいってないからな。ちょっとおちょくっただけ、食い終わったしもう帰、おいあのジジィはどこ行きやがった!」
いつの間にか空になっている椅子、いなくなったイワン、それがきっかけのように次々と立ちあがる周囲の女性たち、そして巻き起こる拍手が、ウォルを取り囲む。
「ウォル君、私たちは君を歓迎するよ」
似合わないピコーの笑顔には純真無垢な脅迫が感じられた。
これに自然と両手を、戦闘態勢に構えるウォル、その前にするりと再びパロスが滑り込んだ。
「さぁみなさん! 仲直りと新しいお友達のため! 一緒に歌いましょう!」
パルスの一言にバラバラだった拍手に統一感、気が付けばリズムを刻み出し、そして合唱が始まった。
……歌わないのはウォル一人だけだった。
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