お茶会会場
花壇に囲まれた石畳の上、教会の裏は少し開けた広場になっていた。
その中央には大きなテーブルが一つ、上には蓋が開けられて中が空なティーポッドが七つ置かれてあった。
そしてテーブルを囲うように小さめな木の机がティーポッドと同じ数の七つ、そしてその机にはそれぞれに椅子が三脚ほど、軽く円を描くように並んでいた。
その机の上にはそれぞれ大皿にサンドイッチ、そして椅子と同じ数だけ空のカップが置かれていた。
そんな広場へ通じる花壇と花壇の切れ目、正面から続く入口で出迎えるのはパロスだった。
「ようこそお茶会へ! みなさん歓迎いたします!」
歌ってた時と変わらぬ満面の笑みと元気な声で出迎えられるは多くが女性だった。
一部はシンプルながら高価そうなドレス姿だが、大半は市民農民の普段着だった。ただそれでも選択したての服にどこからか摘んできた花を飾り、精いっぱいのオシャレを試みていた。
そしてお喋り、女性たちは待っている間に近くのものとひたすらにぺちゃくちゃして順番を待っていた。
そんな彼女らに、パロスは順に、一人一人丁寧に、出迎えていた。挨拶を述べ、お礼を伝え、会話を交わし、ようやっと茶会の席へと通される。
なので、当然ながら来客はつまり、列を作らされていた。
その列の最後尾に男二人、むっつりと並ぶのは老修道士とウォルがいた。
「何が、嘘をつかない教義だ」
「まぁそう言わないでくれたまえ。実際、彼女の入れるお茶は絶品だよ? それに断るかどうかは、実際に彼女に会ってからでも遅くはないんじゃないか?」
「そうやって引きずり込んで勧誘するのが宗教の常套手段、俺だって知ってる」
「そんなことはないよ。これはただのお茶会、ただ親睦を深めるだけ、神様も教義もここでは一端忘れるのが暗黙の了解だよ」
「なら嘘もつき放題だな」
「君は、私を困らせて楽しんでるのかね?」
会話してる間に前がはけ、二人の番となった。
「まぁ素晴らしいです! イアン様ではないですか!」
パロス、老修道士のイアンを見るや親し気な声、そして両手を広げて出迎えた。
「こらこら、人が見ている前でよしなさい」
そう応えながらイアンは大人しくぎゅっと抱きしめられる。
「おいで下さるならおっしゃってくださいな。こちらからお迎えに行きましたのに」
「いやいや、近くを寄ったら急に君のお茶が恋しくなってね。突然だけれどもお邪魔させてもらったよ。それに君に合わせたい人もいたのでね」
そう言ってイアンが視線を向けた先、ウォルを見つけてパロスは一瞬息を吸い込むと、笑顔を爆発させた。
「素晴らしいです! あなたがウォル様! イアン様がおっしゃっていた新しいお手伝いの方ですね!」
「お手伝い?」
「あら、違いまして?」
「まぁ若干業務内容に行き違いはあるが、概ねそうだよ。彼がウォル君だ。契約前の上下関係が決まる前にお茶会で親睦を、と思って誘ってみたんだ」
「まぁそんな、神様の前に人の上下などありませんわ」
そう言ってパロス、イアンからは離れて身だしなみを整えると、改めてウォルの前に立つ。
「改めまして、初めまして。私、パロスと申します。どうか仲良くしてくださいね」
満面の笑みと共にパロスはその両手を伸ばしてウォルの両手を掴もうとする。
が、それが届く前にウォルは一歩引いてその手から逃れた。
これにパルスは笑顔のまま、戸惑いと驚きの表情を重ねて見せる。
「……あー、彼はちょっとシャイなんだよ。それよりも、皆さんお待ちかねのようだよ。お話の続きは紅茶を飲みながらにしよう」
「そうでした! ごめんなさい!」
パロス、わざとらしい動きで袖を戻した手で叩き、振り返ると茶会会場先に座ったものたちへ頭を下げる。
「みなさんお待たせしてしまいました! なつかしい方とお会いしてしまって思わず話が弾んでしましました。すぐに紅茶をご用意しますね。お二人もゆっくりしていってくださいね」
寛容な笑いが広がる茶会会場の中をすべるように横切り、パロスはパタパタと奥へと引っ込んでいく。
「どうだね。実に魅力的な、聖女だとは思わないかね?」
イワンはそう言いながら残っていた席へと座る。
「あれが、俺の飼い主か?」
「その言葉は否定するよ。ただその首輪の管理人、という意味なら、その通りだ。私か、彼女から一定距離離れるか、事前に設定した単語を口にしたら、その首輪が発動する。まぁ日常会話で使うような単語じゃないからこっちは気にしなくていいよ。気にするべきは距離だよ」
「逃げられない?」
「彼女を置いては、だけどもちろんそんな酷いことはしないだろ?」
「すでにその彼女から俺は逃げたいんだが?」
「そう邪険にしないでくれたまえよ。こういうのもまぁ、そう嫌がるようなものじゃあないよ。それにこれから開かれる茶会は、この世に造られた最高の楽園、即ち世界平和への第一歩なのだよ」
「嘘はつかない教義だろ」
「いやいや本当だよ。これは別に難しい話をしているわけではない。争い何てものは大抵、話し合いで解決できるのもなのだよ。だがその機会がない。理由とも場所とも言い換えられるが、逆にそれさえあれば平和は訪れる。ここがその証拠だ」
イワン、腕を広げてお茶会会場全体を指し示す。
「この茶会に参加しているのは本来ならば交わることのないものたちだ。あるものは貴族、あるものは商人、農民に、それがこうして一堂に集まって、互いを知り合う場を作る。話して喉が渇いたらお茶を、聴いてる間にサンドイッチを頂く。素敵なお茶会、争いなど無縁だ」
「俺にも無縁だな」
応えながらウォルの目線はサンドイッチに向いていた。
これにイワン、机に肘をつき、身を乗り出して同じくサンドイッチを覗き込む。
「おいしそうだろ? これも実は寄付なのだ。ハムとチーズ、キューカンバ、あぁでもこのイチゴジャムと添え物のオリーブのピクルスはこの教会の自家製なのだよ」
説明に返事せず、ウォルはドカリとイワンの正面の席に座ると、そのまま手を伸ばして大皿の端に指を掻け、引きずり自分の前に持っていた。
「これは一応、二人分なのだが。まぁいい。こういう食事は君には久しぶりだろう。奢るとも言ったしね。私のことは気にせずどうぞ召し上がれ」
これにも返事せず、ウォルは身を乗り出してサンドイッチを貪っていく。
「あーうん。我慢でいない気持ちはわかるよ。教徒ではない君にはお祈り不要だしね。だけどもう少し待った方がよかったんじゃないかな?」
そう言いながらイワンが見る先よりパロスが、両手で紅茶の缶を抱えて戻ってくる。
その背後に続くのは大男の修道士、のっしのっしと大きな鍋を乗せた台車を押して続いて現れた。
黒いサラサラの髪をキノコの傘のように切りそろえ、その顔は白くてモチプル、体つきも全体として丸っこく、大きなクッションを思わせた。そんなだからか年齢は大人にも、子供にも見ることができた。
「ありがとうございますピコーさん」
名を呼ばれた男、ピコーはニカっと笑って見せる。
「いえいえこの程度、それよりもそちらも開けましょうか?」
「それじゃあこれも、お願いしますピコーさん。ちょっとしっかりと蓋しちゃったみたいで」
軽く開ける素振りを見せて、やっぱり駄目だった缶を渡し、パロスはピコーと入れ替わるように鍋の前に立った。
「相変らずみっともなくてごめんなさいね。でもこれが一番沢山のお湯を運べるんですよ」
そう言いながらパロス、伸ばした袖を鍋つかみにして蓋をあけると白い湯気が立ち上った。
その横で缶を開け終え、中身をティーポットへ入れていくピコー、その後に続いてお玉でお湯を掬い注ごうとするパルス、そこへ周囲の女性陣から言葉ではない息を飲む音が一斉に騒めき広がった。
「そうでした! 忘れてました! これもいつものお約束でしたね!」
言ってパロス、お玉を戻して袖を捲り、白くて細長い指で胸に吊るしていたペンダントを包むように持ち上げると、鍋の上に持って行った。
そして目をつぶり、小さく呪文を唱えると、ペンダントから仄かな光が溢れ出す。
「なんだあれは」
「奇跡だよ」
ウォルの声にイワンがひそひそ声で解説する。
「とはいえ、原理は精霊魔法とおんなじだ。天使に魔力、即ち生命力を受け渡し、この世に何かしらの影響を与える術だよ」
「それぐらい俺だって知ってる。聞きたいのは、なんの魔法かってことだ」
話している間にペンダントの光は形となり、それが雫となって鍋の中へポチャリと落ちる。
「毒か?」
「その逆だよウォル君。これは『浄化』といって中の有害なものを無効化させる、比較的簡単な奇跡だよ」
「あぁ一応、毒殺には気を使ってるってことか」
「いやいや、そういうんじゃないよ。あのお湯は綺麗な水を沸かしたもので、毒なんか入ってないよ。ただ、なんというか、ファンサービスだよ。あぁやるのがこのお茶会では名物なんだよ。ご利益があるとか味が良くなるとか、いわゆる恒例行事ってやつだよ。これを楽しみにしてる人も多いのだよ」
「どうりで、なっとくだ。ただ一つ俺にもわからないことだが、あいつ、自分の命を狙われてる自覚あるのか?」
「まぁ今は大丈夫だよ。あのピコー君もそばにいることだし」
そのイワンの一言をウォルは鼻で笑うと、突如として右手を振るい、その指先より影を放った。
「アダ!」
パロスの声と共に光は消え失せ、世界は止まった。
何が起こったかわからぬ刹那、ただ一つ影を動かすは、額に当たって転がり落ちたオリーブ一つだけだった。
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