デート

 翌朝、ニューモガ教会は死んだように静かだった。


 あれだけいた信者は一人も見られず、あれだけ喧しかった歌声はピタリと止んで、まるで無人のような静けさだった。


 なんの事情か知らず、礼拝に訪ねてくる信者もいたにはいたが、その全員が入り口の両開きドア前でウォルの姿を見て、ピタリとその足を止めた。


 頭にはバンダナを巻いたまま、上半身はシャツを脱いで裸、その肌には無数の傷に滴る汗が輝いていた。


 両手は拳を握り胸の高さ、肘を曲げて腋を締め、小さく折りたたみ、左肩を前に、両足の踵を軽く上げて小刻みに上下している。


 その眼差しは真剣、まるで宿敵と相対するかのように食いしばり、睨みつけるも、その眼前には何もなかった。


 この奇異な姿に首輪も重なり、警戒する信者たち、それでもなお教会に近寄ろうとすると、ウォルが動く。


 鋭く踏み込み放たれる拳、細かく突き出すもの、大きく振り回すもの、短く抉り上げるもの、重ね、連ねていく。


 まるでそこに誰かがいるかのように繰り返されるその動きは、どう見ても暴力だった。


 これに怯えて引き返すものが大半、それでもとどまり、動きが収まるのを待ってから恐る恐ると近づく。


「帰れ」


 そんな信者に対して、ウォルは実もせずに命じてきた。


「馬鹿どもなら総出で歌いまくった挙句に喉潰して熱出して寝込んでやがる。だから今日の教会はお休みだ。祈りたかったらそこらの壁に向かって一人で祈ってろ。終わったらさっさと帰れ」


 ウォルの有無を言わさない物言いに、まだ残る信者は皆無だった。


 そうやってもう何人追い返したことか、拳の素振りに汗だくとなり、息が切れてきたウォルは拳を解いて両手を垂らし、教会のドアの前へ、そこに置きっぱなしだったシャツをひったくると、代わりにどさりと座って右側のドアに凭れかかり、同じく置いてあったカップを左手で掴むと、中の水を一気に飲み干した。


 と、その後頭部を右側のドアが打つ。


「あ! あ! ごめんなさい!」


 謝る声はパロス、そしてパタンとドアが閉まり戻る。


 これにウォル、顔をしかめながら左へ寄ってドア前を開けた。


 そして今度開くは左のドア、またもウォルの後頭部を打った。


「あ! あ!」


「お前わざとやってるだろ!」


 大声上げて立ち上がりその場を退くウォル、それからこーーーっそりとドアを開けてパロスが出てくる。


「あの、お怪我は?」


「あってたまるかよ」


 うんざりと答えるウォルの前に、パロスが出てくる。


「あの、何をしてらしたのでしょうか?」


「あ? あぁ人を殴る練習だ」


 応えに驚くパロス、その顔を面白がるようにウォルは笑う。


「やることないからな。それに暫くやってないと俺だって殴り方を忘れるからな」


「それは、忘れてもいいことです」


「馬鹿言え、コレが無くなったらもう俺がここにいる意味ないだろ?」


「そんなことありません!」


 強めに食いつき応えるパロスに、ウォルはやや驚いた表情を見せ、それから目線を外した。


「知るかよ。実際そうだろ? これ以外に俺に何があるってんだよ?」


「だったら、デートしましょうか?」


「……あ?」


 唐突な、そして脈略のない提案に、不満とも疑問ともとれるウォルの声にパロスは畳みかける。


「私が倒れてしまったことで今日の午前中のスケジュールが全部キャンセルとなってしまったんです。午後は大事なお勉強会がありますが、それまでやることが無くなってしまって、いえそこは初めての宣教ということで予備日も含めてたのであまり問題ではないのですが、ほら私、食べたら元気じゃないですか? ですからちょっと街の様子でも見てみようかなーって。あぁご心配なく、教会には置手紙も残してありますし、それに一人で出歩くのだって初めてじゃないんですよ? そこにウォルさんと一緒なら怖いもの無し、素晴らしいです。ですから、デート、なんて、キャー」


 なんかテンション高くくねくねしてるパロスに対して、ウォルは冷めていた。


「……別に、いちいち俺に訪ねる必要ないだろ?」


 そう言ってウォル、シャツを握る右手で首輪を指し見せつける。


「命令一つでどこへでも。そもそも俺はお前から離れられないんだ。勝手に出歩けばついてくか、発動してえらい目に合うかの二択でしかない。だから、好きにしろ」


「それでは、そんなのはデートではありません。デート、わかりますか?」


「意味は俺だって知ってる。俺に無縁なことだともな」


 ウォルに言い捨てられて、言葉に詰まるパロス、それでも絞り出すように続ける。


「でしたら、ただのお出かけにしましょう。お散歩とか、気分転換とか、なんだかんだ言って、その、折角外に出られたのですから、ウォルさんだって行きたいところぐらいあるんじゃないですか?」


「この名前も知らなかった、見ず知らずの土地ででか? 何があるかも知らないのに?」


「それは、その」


 困った感じのパロスの様子に、ウォルは鼻を鳴らして、左手のカップを玄関横に置く。


「まぁ、行きたい場所がないわけじゃないがな」


 この一言に一転、パロスの表情に輝きが戻る。


「素晴らしいです! では早速向かいましょう! ささ、ピコーさんに見つからなうちに! 道案内は任せてください。私、この宣教の旅が楽しみすぎて街の地図丸暗記してるんです! 素晴らしいでしょ?」


 ふわりと踊るように歩き出すパロスに、ウォルは小さくため息を吐いてからシャツを着つつ、その後に続いた。


「そんな期待するような場所じゃないぞ」


「そんなことありませんよ。二人で行けばきっと楽しいです。それでは早速向かいましょう」


 パロスは歌うように踊るようにヒラリと回った。

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