夜のお話
「ったく、これで初日かよ」
小さく独り言、月明りが差し込む教会の中、ガツガツ響かせるなはウォルだった。
静かで無人な建物の中、石造りの廊下を進んで、ふと足を止める。
そこには木の扉、恐る恐る触れて、開くと中は物置ほどの小くて暗い部屋、見える限りでは腰かけが一つあるだけに見えた。
その中へウォルは入ると後ろ手で扉を閉め、そして腰かけ当たりをガタガタ弄る。
「……告解は初めてですか?」
「うぉ!」
隣からの急なパロスの声、これにウォルは驚き飛び退き反対の壁にぶつかる。
それから恐る恐る、声のした壁の方へ。そこには網戸の窓が開いていた。
「あ、覗きこまないでください。一応、ここでは匿名と言うことなので」
「そりゃ、そうなのか? というか何でいるんだよ」
「いますよ。当然です。いつ何時、誰に必要とされるかわかりませんから。大抵は秘密にしておきたいことですし。ですから一日中、誰かが詰めてるんです。ただ今日私がここにいるのはたまたまで、と言いますか正直な話、道中の中で寝てしまって、今夜は眠れそうにないので変わってもらったんですよ」
「あぁそうかよ」
ウォル、雑に応えてから腰掛に座り、今度は壁や扉を端から触って確かめていく。
「……あの、何かお話したいことがあるのではないですか?」
「あ? まぁ言いたいことは沢山あるがな」
「素晴らしいです。でしたらいい機会なので全部吐き出しちゃってください。ここは、そうやってスッキリするための場所ですから」
「スッキリって」
「どうぞどうぞスッキリスッキリ」
やや当惑気味なウォルへ、パロスのノリは軽い。
「……だったら質問でもいいか?」
「はいもちろん。なんでも訊いてください。あ、そうだ。お昼ご飯の酸っぱいのでしたら、味付けに入れたワインビネガーのせいだったそうです。なので食中毒とか心配しなくても大丈夫ですよ」
「飯の事なんかどうだっていい。訊きたいのは、ここの連中は、どれだけ俺のことを聞いてるんだ?」
「どれだけ、とは?」
「罪状だよ。俺が何で中に入れられたか、この首輪をしてるか、話したのか?」
質問に、パロスは応えず、代わりに息を呑む。
これに、ウォルは鼻を鳴らす。
「別に言うことは構わない。隠したくても隠せないことだからな。そいつはいいさ。それで差別されんのも覚悟はしてたさ」
「そんな!」
パロスの声、これにウォルは肩を竦める。
「……お前は流石に知ってるんだろ? 我ながらドン引きの重大犯罪、あれを知ってながらあぁもあっけらかんと歌が歌えるのは流石だな。肝が据わってる。あるいは考えないようにしてるだけか。だから聖女様になれたってか?」
「私は、そんな特別なわけではないです」
困ったような声で、パロスは考え考え続ける。
「他の信者さんだって同じです。ただ神の教えに感動して、そして全ての人々が仲良くなれれば全ての人が幸せになれる。私も、信者さんも、そしてウォルさんも。だからただ私は、私が幸せになれるように勤めてるだけなんです。これは私のわがままなんです」
「随分と調子のいい幸せだな」
「確かに、他所の方にはご理解しにくいかもしれませんね。ただウォルさんにもわかってもらえることを申しますと、少なくとも私は、首輪の理由を誰にも話してません。信者さんたちからもそのような質問が出てませんし、だからそんな思うようなことは無いとだけはご理解いただけるかと」
「と、言うことは、首輪だけでこの仕打ちなわけだ。これでこの分なら、真実知られたら火あぶりか?」
「それもあり得ません。私が保証します。信者さんたちはみないい人ばかりです。なのに差別だなんて」
「なら、俺の勘違いだ。忘れてくれ、被害者が黙れば加害者もいなくなる。俺でも知ってるこの世の理だ」
言い捨て投げ槍に足を投げ伸ばすウォル、そのつま先がガシャン、硬い何かにぶつかった。
「そんな不幸なことがここで起こるだなんて。私は信者さんのことも、あなたの事も信じてます。これはきっとな何かの誤解なんです」
「だからそう言ってるだろ」
雑に返しながらウォル、蹴飛ばしたものを拾い上げると蓋のしてない紅茶の缶だった。その中にはジャラリ、コインがたっぷり入っていた。
「ウォルさん。悲しいことを言わないでください。まだ私たちの教義には慣れてもらえてないかもしれませんが、それでも一緒に旅をして下さってるんです。でしたら、少しでも良い方へ。ほんのちょっとの誤解で嫌な思いするのなんか嫌じゃないですか」
「そう言うのは向こうに言えよ。よそ者の首輪付きにも、トイレの場所ぐらいちゃんと教えろってな」
「トイレ?」
「あぁトイレだ。その程度の情報さえ出しはしない。張り付いた笑顔で良い感じに会話してるふりして嘘ばっかつきやがって。何がトイレは外出て裏には抜けて墓場抜けてその向こうにしかありませんだよ、だ。ここ知らなくて昼間は散々遠回りさせやがってよ」
「いえ……あの、ここはトイレじゃありませんよ?」
「あぁそうだなハイハイ、言葉の問題なのは俺だって知ってる。バカにするな。ここはただの個室で、建築法の問題でトイレ作れなくて、だからただ持ち運び便利なオマル置いて誤魔化すなんて、間違っても教会が認めたりはしないよなー」
そう言ってジャラリ、紅茶の缶を鳴らして足と足との間に置く。
「それともオマルがあるだけならトイレと呼ばないって教義か?」
「いやほんとうに、ちょっと、待ってください。建築法は知りませんがここは本当に、それにそれはオマルじゃなくて募金箱で、あのちょっと聞いてますか?」
返事をせず、ウォルは腰を浮かせてズボンを脱ぎ始める。
「待ってウォルさん! 待って!」
その音に慌ててバタン、部屋を飛び出しパロス、急いで隣の扉開け放つ。
「おいちょっと待て! ここまで監視とかマジかよ!」
「その金はみなさんの善意の結晶なんです! それをばっちくしないでください!」
真剣なまなざしでパロス、開いてた又の間にしゃがみ込み募金箱を回収しようとする。これにウォルは慌ててパンツとズボンを履き直す。
「トイレは本当にその遠い場所なんですから急いで」
ふと目を上げたパロスと、それを見下ろしてたウォル、パンツは履けたがズボンはまだな又の間の輪を通し、二人の目が合うと、周囲を閃光が包んだ。
ドッカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!
爆音、振動、熱風、強揺、地面が跳ね、埃は降り、紅茶の缶は倒れ、パロスもその身を崩し、額を股の間に思い切り打ち付けた。
「アダ!」
……ウォルは、激痛に、声も上げられなかった。
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