第225話 52日目⑨ハトムギについて

 来た道を戻って仮拠点に到着する。かまどの火をチェックしてみれば炎はすっかり落ち着いて熾火おきびが赤々と燃えていていい塩梅あんばいになっていた。火力維持のために木炭を何個か追加して、天ぷら用以外のアナゴの身に木串を刺していく。


「ほい。じゃあ次はこのアナゴをかまどの火口で炙って白焼きで頼む」


「おまかせられっ! 焼き加減はどんな感じ?」


 串打ちしたアナゴを受け取りながら確認してくる美岬。本人は自覚してないだろうが、その質問が自然に出てくるのは料理人としてかなりレベルアップしている証だ。


「皮はある程度焦げ目が付くぐらい、身の方はキツネ色より少し薄いぐらいの色合いでコンガリと焼き上げてくれ」


「あいあい」


 今の美岬ならいちいち俺がチェックしなくてもいい感じに焼き上げてくれるだろうから、そっちは完全にお任せして俺は自分の作業に集中する。


 さっき海で捕まえてその場で剥き身まで処理したテナガエビは、そのまま揚げると丸まってしまうので、腹側に数ヶ所切り込みを入れて、その部分を背側に折り曲げてしっかり筋切りをしておく。これをすることで真っ直ぐな天ぷらになる。


 保存食用とは別に揚げ物用に取り分けておいたカレイとスズキの一口サイズの切り身には、島に自生しているコショウの仲間であるフウトウカズラの粉と塩で下味を付けてから葛粉をまぶしておく。


 元より塩味の利いているアイスプラントのバラフはそのまま生食するので水で洗うだけだが、それ以外の野菜──サヤインゲン、大根葉、ミツバ、ミツカドネギは長さを揃えて切っておく。


 食材の下拵えはこれくらいにして、次は天つゆだが、これは朝に美岬が作ってくれたスープの残りを再利用するとしよう。

 元々煮干しで取った出汁だしにワカメやミツカドネギを入れて塩麹で味付けた優しい味のスープだったから、追加の煮干しで出汁を濃くして塩でちょっと辛めに味を調整すればいい感じの天つゆになるはずだ。

 スープそのものはまだ二人前ぐらい残っているので、そこから天つゆに使う少量の汁をお玉で掬って小コッヘルに移し、そこに一掴みの煮干しを入れ、かまどの中で熱々に熱せられている小石を小コッヘルに入れて汁を沸騰させ、焼き石調理で煮干しを煮て出汁取りをする。

 出汁ガラの煮干しを取り出して、塩で味を調えれば天つゆの完成だ。


「ガクちゃん、アナゴの白焼きはこんな感じでいいかな?」


 美岬が焼き上がったアナゴを見せに来る。リクエスト通り、皮にはしっかり焦げ目が付き、身の方もキツネ色にコンガリ焼き上がっている。


「おお、理想的だな」


「やったぁ! 正直焼きすぎたかなって思ったんだけど」


「いや、これぐらい焼くとな、小骨も気にならなくなるし、スープに入れるとめちゃくちゃ良い出汁が出て旨くなるんだよ。ちょっとこれも残りのスープに入れてみようか」


「おぉ、楽しみ~」


 アナゴの白焼きの端の方をサクサクと切り落としてスープの残りに浸しておく。あとで食べる直前に温めればいい。


「さて、いよいよ最大の課題のみを残すだけだな」


「最大の課題?」


「そう。そもそもハトムギ粉で天ぷら衣を作れるのか? という課題だ」


「えぇー!? どういうことだってばよ?」


「いやー、そもそもハトムギはムギって名前はついてるけど生態はコメに近いし、株の見た目はトウモロコシ寄りだからな。ムギの粘り成分のグルテンが入ってないから天ぷら衣にした場合、ムギみたいにカラッと揚がらずにのりっぽくなってベタベタになるかもしれん。……いや、むしろその可能性が高いと思ってるんだ」


「まさかの根源的な課題だった」


「あと卵もないからな。小麦粉の衣なら水だけでもグルテンの働きで固まるんだが、ハトムギ粉はつなぎの力が弱いから揚げてるうちにバラバラになるかもなんだよな」


「それもはや天ぷらにはなりようがないのでは?」


「まあ、だからこそつなぎとしてムカゴでとろろを作っておいてもらったんだけどな。とりあえず衣を何種類か作ってみて実験してみるとしよう」


 一升瓶に入っている精製済の油をダッチオーブンに入れて火にかけて予熱を開始する。と、同時に衣の試作品を作ってみる。まずは一番シンプルにハトムギ粉と水だけを混ぜたもの。

 ハトムギ粉は吸水能力が高いようで粉と同量程度の水だと一瞬で粘土状になってしまう。一度こうなってしまうと水を足してもなかなか溶けない。うーん、やっぱりこの粉の特性は小麦粉よりも上新粉や白玉粉に近いな。

 この時点でだいたいの結末は予想できたが、実験だから一応やってみないとな。


 油が十分に熱くなるのを待ってから、ハトムギ粉の衣をつけた大根葉を揚げてみる。


──じゅわぁぁぁ……


「…………Oh」


「まあこうなるよな」


 予想通り、衣は一瞬で全部剥がれてバラバラになり、油の表面全体に膜のように広がってしまった。やはりハトムギ粉単品では繋ぐ力が弱すぎる。




 テイク2。ねばねばのとろろとハトムギ粉を混ぜて衣を作ってみて再挑戦してみる。


──じゅわぁぁぁ……


「あ、今度は衣が剥がれずにいい感じじゃない?」


「そうだな。問題はサクッと揚がるかだが……」


 菜箸でひっくり返そうとすると、箸の先に衣が引っ付いてにょーんと餅状に伸びる。あ、駄目っぽい。


 揚がった衣は全然サクサクにならず、雑煮のふやけた餅のようにねばねばになっていた。


「……食べれなくはないけど、衣が油ギッシュ過ぎて正直、衣なしの素揚げの方が美味しいね」


「それな。ハトムギ粉は天ぷら衣みたいな水分多目のゆるゆるの生地だと小麦粉みたいに固まれずにこんなふやけた餅みたいな感じになるってことだな。まあ、正直ここまでは予想通りといえば予想通りだ。米粉でやってもこうなるからな」


「天ぷらは諦めなきゃ駄目かなぁ」


「いや、諦めるにはまだ早いぞ。これに葛粉を混ぜればたぶんいけるはずだ」




 そんなわけでテイク3。ハトムギ粉、とろろに加え、葛粉を混ぜた衣で再挑戦してみる。正直、これで駄目ならお手上げだ。


──じゅわぁぁぁ……


「見た目は今までで一番いい感じだけど……」


「箸先にくっつくかな? ……お、くっつかなくなったな」


「おぉ、じゃあ後はサックリと揚がるかだね」


 そして揚がった大根葉。衣はしっかりと残り、箸で触った感じではサクサクっぽい。二つに分けてそれぞれ味見する。


 噛んだ瞬間、ザクッと砕ける衣。しっかり火が通って柔らかく上品な苦味のある大根葉。成功だ。

 美岬が熱さに目を白黒させながらもサムズアップしてくる。


「あつっ! はふっ! でもおいひい!」


「ああ。なんとかなったな。じゃあ、これで揚げていくとしよう」


 ついに正解にたどり着いたので、出来上がった衣をまぶして天ぷらを次々に揚げていく。

 まずはシイタケ。傘の内側にだけ衣をつけて外側の十字の切り込みが見えるように。

 次いでテナガエビ。尻尾以外に衣をつけ、尻尾を摘まんで油の中を軽く泳がせるようにして油に入れる。

 カレイとスズキは一口サイズの切り身全体に衣をつけて油の中でくっつかないようにコロコロ転がしながら揚げていく。

 そして最後に残った衣の生地に大根葉、サヤインゲン、ミツバ、ミツカドネギを入れて混ぜ、適度なサイズに千切って手のひらで平たく成形してから油に落としてかき揚げにしていく。


 かき揚げを揚げ始めたタイミングでスープの鍋も火にかけて温めておく。大きめの木皿にバラフを添え、すでに揚がっている天ぷらを並べていく。

 そしてついにかき揚げもすべて揚げ終わり、事前に減らしてなお二人分には多めの天ぷらの盛り合わせが皿の上に積み上がった。


「よーし、食うか」


「わぁーい! 待ってました!」







【作者コメント】

 今回のハトムギ粉で天ぷら衣を作る試行錯誤の過程は、まんまこの二週間作者が仕事の合間にやっていたことです。なんとか満足のいく結果が出たのでようやく続きが書けました。

 いやー、いろいろ実験してみて食材としてのハトムギ粉への理解がだいぶ深まりましたね。詳しくは近況ノートもしくは活動報告にて。

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船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ ─絶体絶命のピンチのはずなのに当事者たちは普通にエンジョイしている件─ 海凪ととかる@沈没ライフ @karuche

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