第224話 52日目⑧即興寸劇

「揚げ物! 揚げ物っすよ! お客さん! 本日の大将のオススメはなんと言っても天然の特大アナゴと捕れたてのテナガエビの天ぷら! そして今が旬の野菜を使ったかき揚げ! 未開の無人島でのサバイバル生活で揚げ物とかヤバくないっすか? もうこれは頼むしかないでしょー! 大将! 天ぷらの盛り合わせ2人前おなしゃーす!」


 くるくる踊りながらビシッと伝票を差し出すゼスチャーをする。


「ハイ! よろこんでー! ……ってどこの居酒屋だよ」


「あっひゃっひゃ! やー、この食材の山を見たらテンション上がっちゃってつい喜びの舞を踊ってしまうっす。くるくる~って」


 揚げ物なんて社会復帰しない限り二度と食べれないと思ってたから、もう楽しみすぎてあたしのテンションはさっきからおかしいことになっている。

 作業台の上に並ぶ食材は、冷蔵でストックしていたスズキ、カレイ、アナゴの切り身、剥きエビ、生シイタケ、サヤインゲン、ミツカドネギ、ダイコン葉、バラフ、ミツバ、ヤマイモのムカゴ。こうしてみると初期の頃に比べると本当に食生活が豊かになったと実感する。


「……あー、ほんとに食材の山だなぁ。俺もちょっと浮かれてて、調子に乗って集めすぎたか。これ、明らかに一回の食事の量じゃないよな」


 積み上がった大量の食材を見ながらガクちゃんが反省を口にする。

 そもそも急いで消費しなきゃいけないアナゴが特大だったからその切り身だけでもかなりの量があるのに、大きい剥きエビ4匹は、リクエストしたあたしが言うのもなんだけど多かったね。その上、ガクちゃんはアナゴだけじゃなくて同じ日に捕ったスズキとカレイまで持ち出してきてるし。


「エビ天食べたいなんてワガママ言っちゃったけど……完全に蛇足だった?」


「いや、まあアナゴばかりというのも飽きるからエビはこれでいいだろ。むしろアナゴが多すぎるから、天ぷらにするのは一部だけにして、それ以外は白焼きにして次以降の食事に回せるようにした方がいいだろうな。あとアナゴと同じ時に捕ったスズキとカレイもそろそろ冷蔵しておくのも限界だから一部は今から食べるけど、残りは日保ちするように加工しておこう。今日の午後作業は保存食作りだな。……ということで、アナゴを白焼きにするために火起こしを頼む」


「あい。おまかせられ」


 かまどの灰をチェックしてみれば、かろうじてまだ小さな熾火おきびが残っていた。

 積んである薪の山から細めの松の枝を抜き取り、ナイフで枝の表面を薄くぐようにして毛羽けば立たせて燃えやすくして、焚き付け用のフェザースティックに加工する。それをかき集めた熾火に触れさせてフゥーと息を吹き掛ければ一瞬でぼわっと燃え上がる。そこにすかさず松ぼっくり数個と何本かの小枝を乗せて燃え立たせ、やや太めの薪を加えて火を安定させていく。最初の頃は手間取っていた火起こしもすっかり慣れたものだ。


「火起こし完了だよ」


「ありがとう。じゃあ次はヤマイモのムカゴの皮剥きとすりおろしを頼んでいいか?」


「あいあい。おまかせられ」


 ムカゴの入った篭の中から大きめのを選び、ジャガイモの種芋サイズのムカゴを10個ぐらいすり鉢に入れ、上から手のひらで押さえながらゴロゴロと転がしていく。そうすると櫛目くしめのヤスリ面で表面が擦れてムカゴの皮が削り取られて綺麗に皮剥きができる。

 すり鉢を一度洗い、皮剥きの終わったムカゴを1個ずつすり鉢の櫛目にグリグリと押し付けてすりおろしていく。この時のムカゴはだいぶヌルヌルなので手を滑らして指先を一緒におろしてしまわないように注意が必要だ。

 やがてムカゴが小さくなってこれ以上手ではすりおろせなくなる。


「ガクちゃん、小さくなったやつはどうする? 刻む?」


「いや、もうそのまま混ぜておこう。かき揚げに混ざっていればいいアクセントになるだろうし」


 ガクちゃんがシイタケの傘に十字の切り込みを入れながら答えてくる。


「……そのシイタケの切り込みってよく見かけるけど必要なの?」


「んー、そうだな。見映えがいいってのもあるけど、火が通りやすくなったり、味が染みやすくなったり、出汁が出やすくなったり、とメリットは多いぞ。やらないとダメってわけではないけど、やった方が旨くなるからな」


「ほーん、それならやるべきだね。あたしは次は何したらいい?」


「ヤマイモを素手で触った後だからまずはしっかり手洗いだな。そのついでに、そっちの篭にカレイの身を刻んだものが入ってるから、それをそのまま小川に浸けて流水に晒しておいてくれ」


 いつの間にやらカレイの身がサイコロ状にカットされて小さい篭に入れられている。


「ああ、これね。切り身を流水に晒すってことはすり身にして練り物にするの?」


「ご名答。スズキは乾物と燻製にして保存食。カレイは練り物に加工するのがいいと思ってな」


「いいね! じゃ、ちょっと小川に行ってくるね」


 そろそろ手がヤマイモのせいで痒くなり始めてるから急いでカレイの切り身の入った篭を持って小川に走る。

 小川の中の石で囲んだスペースにカレイの入った篭をそのまま漬け込み、手に付いたヤマイモのヌルヌルを丁寧に擦り洗いする。これ、手に付いたままだとかぶれてめちゃくちゃ痒くなるんだよね。前にそれでひどい目に遇ったから二の轍は踏まない。


 あたしが戻ると、ガクちゃんは干し網に塩を振ったスズキの切り身を並べているところだった。朝に塩焼きで使ったとはいえ、元は80㌢級のスズキの半身。かなりの量がある。


「ちょうど良かった。これを干すための物干し竿の準備を頼めるか?」


「あい。りょーかい! 陰干し? 天日干し?」


「まだ太陽が照ってるから天日干しの方で」


「おまかせられ!」


 3本の木の棒を束ねた三脚トライポッドを2セット左の脇に抱え、物干し竿を右の肩に担いで、平原に抜ける方の林道を通って林から平原に出て、傾きかけた日光が降り注ぐそこに三脚トライポッドを二つ立て、間に物干し竿を掛けて準備を整える。そこに切り身がところ狭しと並べられた干し網を抱えたガクちゃんが現れ、準備のできていた物干し竿に干し網を吊るした。


「よし。これでだいぶ作業台の上が片付いたからやっと昼メシ作りに集中できるな。みさち、腹ペコなのにこき使ってすまんかった。でもこれだけは早めに済ませておきたかったから」


 申し訳なさそうに謝ってくるガクちゃんにビシッとサムズアップする。


「ふふん。いいってことよ! 最近すっかり陽が沈むのが早くなっちゃったから陽射しがあるうちに干しておきたいガクちゃんの気持ちも分かるし、それにお腹ペコペコなのはガクちゃんも同じでしょ」


「やだカッコイイ。惚れてまうやろ」


 冗談めかしておどけるガクちゃんに、その場でクルリと一回転してから気取った決めポーズで手を差し出す。


「オッホホホ。いいのよワタクシに惚れても。ちゃんと愛してあげるから」


「ああ、姫! その寵愛をどうぞ末長く我が身に!」


 ガクちゃんがすかさずあたしの悪ノリに乗っかり、物語の騎士のように片膝をついてあたしの手を恭しく取って、手の甲にキスをする。


「ぷっ! くくく……なんでこのノリに一瞬で合わせてくるかな? てか、何処で覚えるの? そーゆーキザな演技」


「それは、愛の為せる業ってことで」


 キリッといい笑顔のあたしの騎士様。


「あは。負けたよ。旦那さまのあたしへの理解がありすぎる。……でも、おふざけはもうこれぐらいにして戻ってご飯にしよ?」


「だな。戻ろうか」


 両手で掲げるようにあたしの手を持っていたガクちゃんがスッと立ち上がり、そのまま流れるように自然に恋人つなぎに移行する。そしてあたしたちは仲良く手を繋いだまま、林の中の道を仮拠点に戻っていった。








【作者コメント】

 今回はなんとか2週間以内に更新。お料理回を美岬視点から描いたらこんな感じというお話でした。ちょっと目を離した隙に食材の処理が終わってるというイリュージョンw

 さて、今回の料理回、書き始めてから思った疑問『あれ? ハトムギ粉で天ぷらって作れるのか?』

 というのも、ハトムギはどちらかといえば麦より米寄りの穀物なので小麦に含まれる粘り物質であるグルテンが含まれておらず、天ぷら衣には向いていないのでは? と今更ながらに思ったわけです。

 一度気になったら調べてみないと気が済まない性分。そんなわけで、ハトムギ粉をネットで注文してみました。生粉と焙煎粉の2種類。とりあえずこれで実際に試作してみて、次回の更新分に反映したいと思います。……もし天ぷら衣に向いていなかったら、その時はメニューが変わるかも。なんとか今の岳人たちが手に入れられる材料でサクサクの天ぷらに出来たらいいのですが……

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