第223話 52日目⑦テナガエビ
俺と美岬が
おそらくこれまでは巣作りはあくまで家族単位で行うものと決まっていたので、他所の家族の巣作りの手伝いをすることなど考えもしなかったのだと思う。しかし俺たちが手伝い始め、ノアも率先して手伝いに加わってくれたおかげで、残りの連中にも
ヒイロがモエギに付き添い、マツバが年少組のミルとゴマフを見てくれているので、手空きのシノノメとドーラが海に入り、やがて魚を捕ってきてジュエリーズに差し入れ、そのまま巣作りの手伝いに参加してくれた。
やっぱり単純に頭数が増えると作業効率が格段に上がる。そしてこういう作業をやらせると器用な手と道具を使える人間という生き物のスペックはチートだと実感する。
海中での行動に特化したプレシオサウルスのヒレは陸での穴掘りには向いていないのは明白なので、俺と美岬がスコップと
巣の内部にルビーが入って、中のプールの深さや壁の内側の形など細かいところを自分好みに整えていき、ヒスイとオニキスがそれを直接サポートし、それ以外の連中は巣の外側の壁の補強作業をしたり、それに必要な材料の海藻や石を集めてきたりしていた。
そう、巣作りを手伝うにあたって観察してみて気づいたが、この巣の外壁はただ砂を積み上げて叩いて固めただけではなかった。骨材として大きめの石を使い、さらに細かく噛んで唾液と混ぜてネバネバになった海藻をつなぎとして砂に混ぜ込むことで簡単な
しかし、石と海藻のつなぎを使ったこの規模の漆喰の巣がそれなりにいい保存状態で残っていて、それがうっかり考古学者に発掘でもされようものなら、古代人類の遺跡と勘違いされて古代人類史が色々と書き換えられることになりそうだな。逆も然りで、プレシオサウルスがこんなに高度な巣作りをしていることが明るみに出たら、古代人類の叡智の結晶と思われていた遺跡が実は人類由来ではなかったかも、とそれまでの定説を覆す結果にもなりかねない。この情報は考古学にとってはパンドラの箱だな。
巣作りの方は
インゲン豆の若い実はサヤインゲンとしてそのまま食用になるのでそれを何本か収穫。
畑に植えたハマダイコンはまだ根は成長していないが葉はスーパーで売られているホウレン草ぐらいのサイズまで育っているので、間引きを兼ねて3株ほど引き抜く。
海浜植物ゾーンに植えた
そんな畑仕事が一段落する頃にはすでに太陽が真上に来ていた。腕時計を確認すると12時を回っている。
「さすがに腹へったな~」
「うん。もうおなかペッコペコで力が出ないよぅ」
さっきから美岬の腹が頻繁にメシの催促の声を上げてるからな。
「今日は午前中しっかり肉体労働したもんな。普段なら昼は軽めに済ますとこだけど、今日は昼をしっかり食べて夜は軽めにしようかと思うんだがそれでいいか?」
「もちろん! それで、今日のお昼はなににするの?」
「うん。昨晩食べる予定で結局食べ損ねたアナゴをいいかげんに食べないとマズイな。で、あのサイズのアナゴになると小骨が気になるから、それを気にせず食べようと思うならやっぱり揚げ物かな」
「A・GE・MO・NO!? あなた今、揚げ物って言いました!? 言いましたよね!? あたしの聞き間違いじゃないよね!?」
すごい食いつきだった。そういえば本土では揚げ物とコンビニの廃棄弁当が主食だったって言ってたな。普通に揚げ物は好きだったってことか。
「落ち着け。しゃべり方まで変わってるぞ」
「だってぇ。油が貴重なこの島では揚げ物なんて食べれないと思ってたし」
「もちろんしょっちゅうは無理だけど、ま、たまにはな。それに今の俺たちの食生活のバランスを考えるともうちょっと脂質を摂った方がいいしな」
「やったぁ! 楽しみすぎる! 揚げ物ってなにするの?」
「そうだな、ハトムギ粉と山芋の衣を使って天ぷらと、いくつかの野菜を使ったかき揚げかな」
「あは。最高じゃん! はいっ! あたしエビ天が食べたいです!」
「エビ天かぁ。うん。それは俺も食べたいな。ならちょっと戻る前に海に寄ってエビ罠をチェックしていくか。もし入っていたらエビ天もするってことで」
「賛成!」
ちなみにこの箱庭の内湾には小さいスジエビから大きなイセエビまで、何種類ものエビが棲息している。その中でも砂浜の東側の
小川の伏流水と海水が混ざる汽水域には、かなり大きめのおそらく固有種のテナガエビが棲息している。
日本の本土にいるテナガエビは頭から尻尾までの体長が大きくても10㌢程度だが、ここのは20㌢ぐらいあり、長いハサミを含める全長だと30㌢ほどにもなるから1匹でもかなり食べ応えがある。
夜行性なので昼間は葦の根元の隙間や岩陰などの暗い物陰に隠れているが、その習性を利用した簡単な罠を仕掛けてあるからそれをチェックしてみよう。
俺たちが砂浜に戻ると、ジュエリーズの巣もついに完成したようでルビーが中で休んでおり、ヒスイとオニキスもお疲れモードで乾いた砂浜にうつ伏せに寝そべって昼寝していた。さっきまで手伝っていた面々もすでに三々五々に散っている。
ヒスイたちジュエリーズと同様にカラーズの面々もモエギの巣の周囲の乾いた砂浜にうつ伏せに寝そべって背中に太陽の光を浴びて昼寝している。これは亀がよくする甲羅干し的なものだろう。
ゴマフは? と探してみれば、どうやら遊び疲れたようでミルとくっついて一緒に寝ていた。いい姉ができたようで微笑ましい。
「…………オネショタかな」
「おねしょた? なんだそれ?」
「……う。これは失言だから聞かなかったことにして」
「お、おう」
なんにせよ、ようやく一段落して落ち着けたノアズアークの邪魔にならないようにそっと葦の群生地に向かう。塩に強い葦は満潮時は水に沈むような場所でも平気で育つ。
今はだいぶ潮が引いているのでほとんど海水には浸かっていないが、小川の水が地中に潜って伏流水として湧き出してくるあたりなので、そこかしこから綺麗な水が湧き出て海に流れ込んでいる。
この辺りに穴を掘っておくと、干潮時には穴の周りは干上がるが内部には水が溜まった小さいプールになる。そして穴の上に
「よーし、じゃあ開けるぞ」
「わくわく」
石の蓋の縁を掴み、一気に持ち上げる。
──バシャバシャバシャ……
いきなり明るくなったことでパニックを起こしたエビたちが逃げ惑って跳ね回り、中には勢い余って穴から飛び出して干上がった砂の上でビチビチしているものもいる。
「おぉー! けっこう入ってるね!」
エビが暴れたせいで水が一瞬で濁ってしまったが、狙っていた大型のテナガエビを含め、大小10匹ぐらいのエビ、イソガニ、カブトエビなんかが入っているようだ。
「とりあえず、大きめのエビが1人2匹もあれば十分だからそれだけ捕ったらあとは無視でいいな」
「あいあい。おまかせられ」
美岬が軍手をはめた手をプールに突っ込んで大きめのテナガエビを次々に掴み出して砂地の上に転がしていく。最初に飛び出した1匹と合わせて4匹が砂の上でビチビチと跳ね回る。エビの仲間でもザリガニなんかは足がしっかりしているので陸上でも這い回ることができるが、水中特化のテナガエビの足は
必要な分のエビは捕れたので簡易罠の石の蓋を戻し、満潮時にまたエビが出入りできるように少し隙間を開けておく。
「ついでだしエビの下処理はここでしておくか」
「生ゴミの処理を考えたらその方が楽だもんね。どこまでする?」
「頭を折って外して、尻尾の真ん中の尖った部分を折ってハラワタを抜いて、尻尾以外の殻を剥くところまでかな」
「あいあい。つまり最後までだね」
すでに何度かしている作業なので詳しい説明はしなくても美岬は心得たもので石の蓋を作業台代わりにしてすぐに作業に取りかかる。
まだ元気なエビの胴体と頭の継ぎ目を背側にサバ折りにして、頭と脚とハサミをまとめて外す。次いで尻尾の真ん中にある尖った部分を指先でパキッと折って引っ張って糞の詰まった
尻尾だけを残し、胴体を回しながら殻をクルリと剥がせばエビの剥き身の完成となる。ここまでしておけばあとは持ち帰って衣を付けて揚げるだけだ。
その場で4匹の処理を終え、出た生ゴミはそのまま次のエサとして簡易罠の中に入れておき、俺たちは集めた食材を手に仮拠点に引き上げたのだった。
【作者コメント】
岳人は高卒と同時にアニメやゲームを卒業したクチなので性癖の趣味趣向が多様化した現在のヲタク界隈の用語には通じていないのです。当然オネショタとかビーエルとか言われてもちんぷんかんぷんです。ヤオイなら理解できます。そういえば作中では触れてなかったかもですが、ゴマフはオスです。
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