第222話 52日目⑥カラーズとジュエリーズ

 ノアズアークとの付き合い方について悩んでいたガクちゃんだったけど、見方を変えることで吹っ切れて、今後、彼らとは身内として親密に付き合っていくという方向に方針転換してくれた。あたしとしては収まるべきところに収まって良かったと思ってる。

 ガクちゃんが彼らと距離を取るべきだと考えていたのだって、野生動物との接し方はそうであるべきというセオリーによるものでしかなかったし、ガクちゃんは恐竜とか古生物とか大好きだから本当は仲良くしたがっているのはバレバレだったし、そもそもあたしはノアズアークとここで仲良く暮らしていくものだと思ってたし、ノアズアークだってあたしたちと仲良くなりたいと望んでいるのは明白だった。

 あたしたちが互いに距離を取ることは結局誰も望んでなかったんだから、やっぱりこれが最適解だよね。


 ノア、シノノメ、ゴマフとしばらくたわむれてみて分かったけど、ゴマフのパパのシノノメはまだ若いからかけっこう甘えたがりで、遊びに夢中になって歯止めが利かなくなってしまう一面がある。

 そんなシノノメにいい機会だからとゴマフがすでにマスターしている『おいで』と『待て』を教えようと思って、ノアとシノノメの前で実践してみせたところ、彼らは数回見ただけであっさりとマスターしてしまった。ゴマフに教えた時はなかなか覚えなくて苦労したからこの結果にはあたしは驚いたけど、ガクちゃんにとっては想定内だったみたいでさほど驚いていなかった。


 ガクちゃんいわく、人間の赤ちゃんだってある程度知能が発達して親の言葉が理解できるようにならないとまともに教育や躾ができないんだから、赤ちゃんのゴマフと成体のプレシオサウルスでは理解力に違いがあるのはむしろ当然だと。ましてやノアとシノノメはあたしたちが彼らのことを理解しようとしているのと同じく、あたしたちのことを理解しようと一生懸命だからなおのこと覚えがいいのだろう、と。


 なるほど。確かに言われてみれば納得だった。ただ、それでもノアたちの理解力の高さはガクちゃんの想定を超えてたみたいだけど。


 そんな感じでノアズアークとの今後の接し方の方向性も決まったので、あたしとガクちゃんは順々に他の子たちにも近づいて積極的に交流していった。


 まずは、あたしたちがノアたちと交流している間ずっと波打ち際で待機してくれていたノアの番である赤竜のサラと黒竜のエステルに近づき、ノアやシノノメにしたのと同じように顔に触れ、鼻筋や喉を掻いてやり、彼女たちからも例の首を巻き付けるハグとスリスリをちょうだいする。

 この子たちは群れのメスの中でも年長なだけあって、落ち着いていておっとりとした穏やかな雰囲気を纏っている。子育て経験も豊富だからか、長い首であたしを抱き寄せる仕草も優しくスムーズで、その包み込むような包容力にはついあたしの方が甘えたくなってしまった。これがママみというやつか。


 次いでカラーズの巣に向かい、留守番をしている青緑竜のモエギと、ほぼ同じ色で一回り大きい姉のドーラとの交流を図る。

 ドーラは巣のそばの乾いた砂の上に丸くなって座り、鎌首をもたげた状態で周囲を警戒している。きっと外敵が近づいてきたら身重の妹を守るつもりでそばに控えているんだね。あたしたちが近づいてもチラッとこちらを見ただけで特に警戒度を上げる様子はないから、そのまま彼女のすぐそばまで行く。


「ドーラ、触ってもいいかな?」


「…………」


 返事はないけど拒否られてもいないのでそっと首の付け根に触ってみて、嫌がる素振りは見せなかったのでそのまま丸みのある背中を背骨に沿って撫でてみる。背中の皮膚は硬くて細かい凸凹があって、触感はバスケットボールみたいだけど、かなりの弾力があってしかも温かい。この背中の分厚い皮下脂肪に熱を蓄えることで冷たい水の中でも活動的に動けるんだろうというのがガクちゃんの考察。

 撫でているうちにドーラがだんだんリラックスしてきて身体から力が抜けていくのが分かる。目を閉じて喉を鳴らしているので、あまりリアクションは大きくないけどスキンシップそのものが嫌いではないと思う。人間に例えるなら、ダウナー系の無表情キャラって感じかな?


 このダウナーなドーラに対して、出産を控えて巣の中に収まっている妹のモエギは元気な構ってちゃんっぽい。あたしたちが近づく前からドーラにちょっかいを出しては軽くあしらわれていたが、あたしたちがドーラとスキンシップをしていると巣から長い首を伸ばしてあたしやガクちゃんを鼻先でツンツンして自分にも構えアピールをしてくる。

 なにこのでっかわいい生き物。ちょっとキュンとした。リクエストにお応えしてモエギの頭を軽く抱き締めて頭を撫でてあげれば目を細めて気持ち良さそうに喉を鳴らし始める。


「……出産を控えて気が立ってるかと思ったが案外そうでもないんだな」


「うん。それどころかみんなと一緒にいられないのが寂しくてしょうがないみたいだね」


「これに関してはモエギの性格によるところも大きいだろうな。こいつはたぶん根っからの寂しがりだ」


「同感」


「クルル…………クアッ! クアッ!」


 不意に今までと違うはしゃいだ声を上げながら首を伸ばしてあたしたちの後ろに向かってアピールし始めたモエギの様子に疑問を抱きつつ後ろを振り返れば、そこには餌取りに出ていたつがい緋色ヒイロが帰ってきていた。その口には40㌢ぐらいのカレイがくわえられている。

 あたしとガクちゃんが退くと、ヒイロは正面からモエギに近づき、首と首を擦り合わせる挨拶をしてからくわえていたカレイをそのままモエギに渡した。口渡しだからまるでキスしてるように見える。そしてそのままモエギがそれを食べるのをそばで見守っている。あら、ヒイロってば妊婦のモエギのために自ら魚を捕って届けてあげるなんていい旦那様じゃん。


 食べ終わったモエギはなんかすごく嬉しそうに喉を鳴らしながら再びヒイロと首同士を擦り合わせるスキンシップで甘えている。そんな仲睦まじい様子を視るとこっちまで嬉しくなってしまう。


「……あは。……なんかすっごく尊いんですけど。いいね、こういうの」


「ああ。ヒイロはなかなか大した奴だな。さっきは松葉マツバ海松ミルと一緒に過ごしていたし、モエギへの気遣いも忘れない。一夫多妻で夫婦円満を目指すにはやっぱり平等に嫁たちに接して、個別に細やかな配慮をすることが大事なんだろうな。人間でもこういうことをナチュラルにできる奴ってモテるよな」


 ちょ、ガクちゃんの感心ポイントそこなの?


「……ガクちゃんも一人の男としてハーレムとか憧れたりしちゃう?」


 思わず口に出してしまった瞬間にバカなこと言ったと後悔する。

 でも、今のガクちゃんは出会った頃よりももっと素敵になってるし、社会復帰なんかしちゃったら尋常じゃなくモテるだろうし、そんな一抹の不安がついポロッとこぼれてしまった。


「俺が? 冗談。俺は別れた元カノへの未練を10年以上引きずってた男だぞ。その頃だって他の女と付き合う気になれなかったのに、今はその元カノ以上に愛してる嫁がいるんだ。他の女のために割くキャパなんかあるわけないだろ。そんな余裕があるならその分美岬ともっと愛し合う方がいいに決まってる」


「お、おうふ……」


 一瞬も迷わずの即答であたしの不安を根こそぎ持っていってくれるブルドーザー系スパダリのうちの旦那様。もう、ホント、そういうとこだよ。


「もー、あたしをどれだけ惚れ直させれば気が済むのかな」


「そら、美岬が俺の愛情に一切不安を覚えないようになるまでだな」


 にんまりと笑いながらそう言ってあたしの肩を抱き寄せてくれる。あたしが不安を感じたことも見透かされてるみたいで、正直かなわないなーと思う。


「ここでこうして二人で一緒にいられる間はいいんだよ。でも、もし社会復帰ができたとして、その時のことを考えるとちょっと不安になるんだよ。あたしたち、このままの関係でいられるのかなって」


 正直な気持ちを吐露してみる。


「うん。例えばどういう不安要素がある?」


「なにより心配なのはあたしたちの年齢差とそのせいで起きると予想できる問題かな。あたしは全然気にしてないし、むしろ頼りがいがあって年上に甘えたいあたしには理想の相手なんだけど、たぶん周りはそう見てくれなくて余計なお節介であたしたちを別れさせようとしてくるかなって」


「そこを問題視するやつは当然出てくるだろうな」


「正直、そっとしといてほしいんだけど、あたしたちが無事に生還したら絶対大騒ぎになるよね」


「ならないわけがないよな」


「そうなったら、あたしたちの関係も絶対根掘り葉掘りされて晒されて、勝手な憶測で好き放題言われて書かれて、なんかもう、その時のことを考えるだけで病みそうだよ」


「一概に被害妄想と笑えないところが問題だよな。むしろ現実はそれ以上に面倒くさいことになるだろうな」


「うぅー……そんなことになったら、あたし、どこかの無人島にガクちゃんと二人で逃げて世捨て人になりたくなっちゃうかも」


「それ、今の生活じゃないか」


「そう、そこなんだよね。今の生活が幸せすぎるから、社会復帰したとしても、あたしはきっとこの生活に戻りたくなるって思うんだよ。ここでの生活基盤がどんどん整ってきて、不便が少なくなって、ノアズアークとの関係も良好で、どんどんこの場所に愛着が湧いてきて離れがたくなってるのが今なの」


「なるほど。ここを脱出して命懸けの航海をして社会復帰した先に待ち受けているのが面倒くさいしがらみ社会となれば気持ちが萎えるのも分かるよ」


「でも、このまま永住というのも違うかな、とも思うんだよね。両親とかお世話になった人たちにちゃんと無事は伝えたいし」


「うん。美岬の要望は分かった。今の時点ではまだどうするのがベストかって結論は出せないけど、希望を叶えられる方法を考えてみるよ。正直な気持ちを話してくれてありがとな」


「ううん。あたしの不安を汲み取って話を聞いてくれてありがとね。話したら気持ちがすっきりしたよ」


「なら良かった。さて、ヒイロたちのカラーズは特に問題なさそうだし、次は翡翠ヒスイたちジュエリーズの所に行ってみようか。正直、カラーズと比べると俺たちのサポートが必要な感じはするんだ」


「え? なんか不安要素ある?」


「ヒスイの所は頭数が少ないからな。まだ巣ができてないし、ということは妊婦の紅玉ルビーは身体を休められないし、餌取りもままならないだろ。俺たちがスコップで手伝えば巣作りはすぐ終わるだろうし、魚を差し入れてやってもいい。もちろん、あいつらが俺たちの助力を嫌がらなければだけど」


 言われてみて見比べてみれば、片やカラーズはすっかりまったりモード。ヒイロとモエギはいちゃついてるし、マツバは留守番をしていたドーラに捕ってきた魚を差し入れているし、ミルはゴマフに対してお姉さんぶって一緒に遊んでいる。

 片やジュエリーズはまだ巣作りのために砂を掘ってるけど、そもそもプレシオサウルスのヒレは泳ぐのに特化しているので砂を掘るのには向いていないからなかなか大変そうだ。本来は妊婦さんが臨月になる前に十分な余裕をもって巣作りするものなんだろうけど、今回は急な話だったから、メンバーが少ないジュエリーズにはなんらかの手助けがあった方がいいと思う。

 本当は余力のあるノアやシノノメたちが手伝うのが筋だと思うけど、今回はいかんせん状況がイレギュラーだし、本来巣作りは家族単位でやるものだろうからそこまで気が回らないとしてもノアたちを責めるのは筋違いというもの。


「わかった。じゃああたし、砂浜の拠点からスコップとクワ取ってくるね。ガクちゃんはジュエリーズへの差し入れの魚を持って行ってあげて」


「おっけ」


 そしてあたしたちはジュエリーズの応援に向かった。案の定、ろくに食事も摂らずに頑張っていたらしいヒスイを筆頭にルビーと黒玉髄オニキスは魚の差し入れに大喜びで貪るように食べ、疲れが出たのかちょっとグロッキー状態になっていたのでそのまま休憩させて、その間にあたしとガクちゃんでカラーズの巣を参考に巣作りを進めていった。

 そのうちに状況を理解したらしいノアが番たちと一緒に追加の差し入れの魚を持って応援に加わり、その後、シノノメとドーラも手伝ってくれたから、昼にはジュエリーズの巣も完成して、ルビーも無事に入居できたのだった。






【作者コメント】

 ホントに大変遅くなりました。仕事の忙しさとプライベートのドタバタと体調とメンタルの問題が一気に重なって3週間ほど全然執筆できる状態ではなかったのです。次こそはもっと早く更新できるように頑張ります。

 楽しんでいただけましたら、引き続き応援お願いします。

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