第7話 現実とゲームの狭間で…

 私は今、大変身に危険を感じている。それは何故かというと、目の前に獲物を捕らえた獣のような目をしたブルーノアがいる。


 つい今しがた王宮の夜会でに突き飛ばされて、噴水の中にいた。そう、気が付けば噴水の中にいたのだ。ヴァイオレットの身体で……。


 また来てしまった。この世界に……。


 そして、着替える為に王宮の休憩室を借りているのだが、ブルーノアが一緒に浴室に入って来ている。


 ちょっと待って、話が急展開過ぎる──っ!何でこんな所に戻って来たの。


 私は混乱しながら、頭の中を整理していた。





 ───ついさっきまでは、現実の菫の身体に戻っていた。



 病院の天井を茫然と見つめていると、同僚の松坂悠希が病室に入って来た。


 「目が覚めたんだ。びっくりした。濡れた階段から落ちた時は、皆、桜塚が死んだと思ったんだぜ」


 「一体何があったの?私、橋から落ちたんじゃあ……」


 「違うよ。橋から落ちそうになったのは3か月前で、さっき、夕立で濡れた会社の前の階段で足を滑らせて落ちたんだよ。それにあの時も今回も助けたのはお・れ!だから元気になったら是非ともお礼をして貰いたいなあ」


 意地悪くニタリと笑って見せた同僚は、一体何を言っているのか分からない。私の記憶では橋から落ちて世界にいった記憶しかない。


 どうして3ヶ月も前の事なの?その間の記憶が全くないのは何故?しかも橋から落ちていないってどういう事?


 頭の中には疑問しか浮かばない。しかも松坂悠希はいつもその現場に出会わせている。これは偶然か必然か。


 兎に角、元の身体に戻れたんだから良しとしよう。


 私は気を取り直して、松坂悠希の話に集中した。


 「実はさあ、お前が提案してくれたお蔭で、ゲームの売り上げが伸びたんだよ。あの隠しキャラを攻略したらヒロインはバッドエンドに入るってやつ」


 「えっ、私が…そんなことをいつ言ったかな?記憶にないんだけど…」


 「お…お前、頭大丈夫なのか?もしかして記憶喪失とかじゃあないよな。ちょっと待ってろ」


 松坂悠希は慌てて病室を飛び出して、近くにいた看護士に話をしていた。看護師が医師に連絡した結果、MRI検査室に緊急に廻され、あちこち検査を受けさせられた。


 そして、医師からいくつかの質問をされた結果


 「桜塚さんは、脳の方に異常は見当たりませんでしたので、もしかしたら頭を打った衝撃で一時的に記憶が無くなったのではないでしょうか。日常的な事や過去の事、家族・仕事の事などは覚えていらっしゃるようなので、このまま様子を見ましょう」


 「はい、ありがとうございます」


 私は、取り敢えず2日ほど入院して、自宅に帰る事になった。なのに、何故か松坂悠希が付いてきている。どういう事なんだろう。彼は企画担当部署で、私は総務の事務員。そんなに接触なかったはずなのに、何かと世話を焼いてくれている。


 一体なんなのだろう。私の知らない3ヶ月の間にこの男と何かあったのだろうか?


 自宅のマンションの鍵を開けて入ると、そこは私の知らない世界だった。というか全く未知な部屋へと変貌を遂げていた。


 これはどういう事なの?ここって本当に私の部屋?何この乙女チックな部屋は……。


 かつての私は自宅と会社の往復だけだったから、部屋もいたってシンプルな物だった。必要最低限の物しか置かず、部屋はモノトーンで統一されていたはずなのに……。


 いかにも少女趣味丸出しの部屋に唖然となっていると


 「へぇ──っ、桜塚ってこういう趣味があったんだ。なんだか意外だな」


 ジロジロと部屋の様子を覗っている隣の男に


 「ありがとう、もう大丈夫だから。また会社でね」


 追い出そうとした瞬間


 「折角だから、上がらせてよ。女の子の部屋って入ったことないんだよね」


 絶対に嘘だ!その女受けしそうな甘いマスク、物腰柔らかい仕種で、女子社員から絶大な人気を誇っているくせに!毎年、誕生日やバレンタインには、袋でお持ち帰りしている位、プレゼントをもらっている事を、社内で知らない者はいない程有名な話だ。


 「いや、私も疲れているからまた今度……」


 私が最後まで言う前に、彼は図々しく入って来た。


 なんて厚かましい奴なんだ。ただの同僚なのに。


 内心、舌打ちしそうになりながら、


 「仕方がないなあ。お茶を出すから飲んだら帰ってね」


 そう言うしかなかったのだが、彼から意外な事実を突きつけられたのは5分後の事だった。


 「えっ、今なんて言ったの?ごめん聞き取れなかった」


 「だから、他人行儀な態度は止めろって言ったんだ。俺と桜塚はあの日から付き合ってんの!それも忘れたのかよ」


 今、なんて言った?私と付き合っている?3か月前から……。一体何がどうなっているの。


 「はあ──っ、その顔からしたらそれも忘れたんだな。因みにお前が橋から落ちそうになった時に助けた俺と一晩ホテルで過ごした事も忘れてるのかよ」


 えっ、ホテルで一晩……、それって…もしかして…やっちゃったってこと。この男と……。


 「ご…ごめん、私、全く覚えてないかも……」


 顔が蒼白になって俯いている私を彼は慌てて


 「大丈夫だから、心配しなくてもその内思い出すよ。俺が付いている」


 そう言って抱きしめた。その腕の中はとても心地良かった。


 何だろう?私はこの感触を知っている気がする。


 そんな事を思っていた。

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