第2話 身体の主の行方
天蓋付きのベッドの中で、段々冴えて来た頭で、今起こっている事を整理してみた。
この部屋に見覚えはある。ここは確か悪女『ヴァイオレット・ブロッサム』の自室。
あの乙女ゲームには小説と漫画の原作があった。中々の人気作だったので、今度はゲーム化しようとうちの会社に依頼があった。
私もその制作スタッフとして、日々参加させてもらっていた。所謂社内モニターと言うやつだ。外部の人間にも委託していたが、中々思う様に連絡が取れない事から、社内でもやってみて商品の改善を試みる事になっていたのだ。
私の部署は総務だったので、このゲームと日常業務をこなす日々は結構きつかった。なにせ門外不出の商品なので、自宅に持ち帰ることが出来ず、社内の休憩時間などを利用してゲームを進めていた。
何故、私が選ばれたかと言うと、私には恋人や家族がいないから。会社と家を往復するだけの毎日で、なんの刺激もなかった。だからモニターをするのには持って来いの人材だった。ただそれだけ。
原作の小説や漫画も読んでみたが、中々シュールな世界観だった。
近頃流行の乙女ゲームの世界で、主人公の乙女は平民出身のピンクブロンドの美少女。誰にでも好かれる性格と前向きな姿勢で、次々と攻略対象者を虜にしていく。
でもその攻略対象者には必ず婚約者がいる。つまり、それを攻略するという事は略奪するという意味で、結構残酷だなあと思ってしまった。
ゲームを進める内に何だか、婚約破棄される令嬢達が憐れに思えてきて、殊更ゲームをクリアする意欲を失った。
現実社会ではないのだから、混同する方がどうかしているのかも知れないが、それでも自分がもしその立場なら死にたいと思ってしまうのではないだろうか?
10年近く過ごしてきた関係をたった一年で清算できるのだろうかと考えてしまった。
小説と漫画は、乙女が攻略対象の王子と良い仲になって終わるのだが、ゲームではその他の王子の側近を選んでいくそれぞれのルートがある。
そして、そのルートには対象者の婚約者が悪役令嬢となって現れる。
私が入った体は、その王子ルートの悪役令嬢なのだ。
確か、この隣で寝ている男は、その婚約者である王子の依頼でヴァイオレット・ブロッサムを殺しに来たはず。
この男がヴァイオレットの前に現れるという事は、ヴァイオレットがヒロインの乙女を呪い殺そうとして、逆に暗殺される最期の瞬間だったはず。
私は、床にある魔法陣に目をやった。でもそれは、ゲームの中で描かれていた魔法陣とは違っていた。微妙にある場所がかけているのだ。
もしかして、私と彼女は入れ替わったのだろうか?
最後に何か光に包まれるように私は意識を手放した。そして気が付いた時には体が燃える様に痛んで、そしてその痛みはどんどん小さくなっていった。
はっきりと意識が覚醒した時には、目の前に大好物の美男子が私を不思議そうに見ていた。
どうせ夢なら、一度は経験したいと考えていたセックスを体験したいと誘った記憶はあるのだが……
夢ならなんで下腹部が痛いのだろう。この異物感は……
被っていたシーツを剥ぐってみると、そこには処女喪失の痕がありありと残っていた。
やってしまった。人の体でとんでもないことになった。どうしよう、元の体に戻ったら、きっとこの体の本当の主は自殺するか修道院行きだ。
冷や汗が止まらない私の隣から
「起きたのか」
冷静な声で、私を見ている男がグイッと腕を掴んで私を組み伏した。
「なあ、お前何者なんだ?どうして傷が塞がっているんだ。ちゃんと殺したはずなのに」
「ど…どういうこと。私は知らないわ」
「へえ、お前中身が別人なんだな」
「な…何の事?なにがどうなっているのか知りたいのは私の方よ」
「あれを見てみろ。あの魔法陣は呪いの魔法陣じゃあない。自分を生贄にして別の人間を召還したんだ。つまり魂を入れ替えたんだろう。魔法が得意だと聞いてはいたが、こんなことまでするとはな」
「そんな、じゃあ、この体の主と私は入れ替わったの」
「そういう事だな」
私は頭がパニックになりながら、目の前にいる男に縋るしかなかった。
なにせ、これはヴァイオレットがバッドエンドを迎えた後。もう私の記憶は何の役にも立たない。この世界で生きていくためには、ブルーノアだけが頼りなのだ。
その時、侍女が私の部屋に朝の支度を手伝いに入って来た。
そしてお約束通り、大きな悲鳴が屋敷中に響き渡り、私とブルーノアの情事は周知の知れるところになったのだ。
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