06 軍人、大村益次郎

 夜半、半次郎が日記を書き終えると、突然、篠原が飛び込んで来た。


「何じゃ、こんな遅くに」


「見ろ」


 篠原はくしゃくしゃになった書状を差し出した。それは、赤松が篠原に託した、の手紙だった。


「田代とやらが取ろうとしてきた」


 田代は、飛脚――薩摩飛脚他国の間諜を取り締まる人間であった。

 しかし、篠原はたとえ相手が誰であろうと、赤松の手紙を渡すはずも無く、篠原と田代は揉めた。

 そこへ。


おいあやまちじゃ、半次郎どん」


 小野強右衛門が虚しく戻ってきたことを知った西郷が、その篠原に詫び、改めて、赤松の手紙を見せてくれるよう頼んだという。

 そして、手紙の中には、半次郎宛ての手紙があって――。


『中村君

 これを見ている頃には、僕は遠くへと旅立っていることだろう。

 しかし、悲しむことは無い。

 ただ、この国を良くしたいけど、道がほんの少し、ちがっただけだ。

 今後、薩摩は武力倒幕へと向かうだろう。それは否定しない。

 僕の理想が、議会制であり、他者の意見を尊重することノーサイドにあるからだ。

 幕府とて、無謬むびゅうではない。ただすことも必要かもしれない。

 さて、そこで、はなむけとして、僕からひと言。

 僕の教えた戦術タクティクス、研鑽を怠るなかれ。

 きっと、君の戦術を活かす、戦略ストラトジーの人が現れよう。

 僕が居なくとも、君の戦術が、薩摩に栄光をもたらすだろう。

                         赤松』


 半次郎の目から涙が落ちた。

 ぽとぽとと。


「先生……」


 これほどまでに、自分のことを気にかけて。


「まっこと、先生ほどのおは……」


 そうだ。

 自分は、その先生を、を、斬った。


おいは……人斬りじゃ……人斬り、半次郎じゃ……」


 その半次郎の肩を、西郷が抱いた。


「すんもはん、半次郎どん。じゃっどん……きっと、きっと、人斬りには終わらせん。先生のいう、戦術が、おはんの戦術が役立つよう、おいが……」


 ……鳥羽伏見の戦いが目前に迫る、幕府の黄昏の出来事であった。











 慶応四年四月二十一日。

 夕刻。

 江戸。


 江戸無血開城により、新政府は江戸市中に入ることに成功したが、幕府の抗戦派勢力――彰義隊が上野の山に盤踞ばんきょし、その扱いに苦慮していた。

 今日もまた、西郷は江戸城内の彰義隊対策の会議に出席し、半次郎はその会議の警固と称して、城の外に出た。

 、茜色した空の下、上野の山を見る。


「あないな山……」


 力押しにはできる。

 だが。


「一日で、しかも山の中で終えないと、駄目です」


 突如話しかけられて、半次郎は驚く。自分でも思ってもみないほど、茜色したへ没入していたのか。

 話しかけてきた、秀でた額の男が書状を差し出すので、それを受け取った。


「京から来ました」


「大久保さんサアの添え書き……確かに」


「西郷さんに会いたいのですが」


「こちらへ」


 半次郎は、城内へと足を向ける。

 その時、書状にある、男の名を改めて見た。


「大村益次郎」


 翌五月十五日、上野戦争、開戦。

 大村益次郎の戦略ストラトジーと、中村半次郎の戦術タクティクスにより、それは――一日で終わる。


【了】

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茜色した思い出へ ~半次郎の、人斬り~ 四谷軒 @gyro

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