同窓会

邑楽 じゅん

同窓会

その日は日曜日で仕事が休み。

だから、俺は部屋でゴロゴロしながらテレビを見ていた。


「次のニュースです。昨夜十時ごろ某レストランにて爆発が発生しました。死者五名、行方不明者三名、重軽傷者二十三名です」


飛び込んできたのは爆発事件。


それをぼんやりと見ていた俺は次の瞬間、思わずテレビに近づいてしまった。

その被害者が俺の中学の同級生ばかりだったからだ。


「おい、マジかよ……どういうことだよ、こりゃ!」


ゆうべは担任だった先生の還暦祝いということで、盛大に同窓会が開かれた。

気づけば、同窓会も二十歳になった時にやって以来だ。


オトナになってからは仕事ばかりの無機質で退屈な毎日。

俺はまだまだ無敵で、向こう見ずで、王様気どりだった中学の日々を彩った懐かしい連中に会えたのが楽しくて、ホテルのレセプションホールで開催された一次会では、しこたま飲んだ。


そのまま会場を別フロアのレストランに移して、二次会が行われていた。

だが、俺はいささか飲み過ぎたのか具合が悪くなり、そこからの記憶が曖昧だった。


こうして俺自身が無事に帰宅していることを見ると、誰かがタクシーを拾ってくれたのだろう。

そして、その二次会のレストランこそが、爆発事故が起きた場所だった。


俺はテレビのニュースを見たまま、まったく身動きができずにいた。


「あいつもあの子も死んだってホントかよ……行方不明とかも身元の分からない奴もいるみたいじゃねぇか……とりあえず先生は無事でよかったな」


さっそく俺はつい昨日、顔を合わせたばかりの友人たちにメッセージを送る。

だが、誰も既読がつかない。

俺は苛立ちを抑えきれず、電話も掛けまくるが、どいつもこいつも電話にでない。


「なんだってんだよ。誰かひとりくらい俺の知ってるやつで、無事なのはいねぇのか?」


俺は居ても立っても居られず、事故現場となったホテルに向かった。



警察によって規制線が張られ、レストランがあったとおぼしきフロアはめちゃくちゃに壊れて、ブルーシートで覆われていた。

ガス漏れだろうか。爆発の規模は相当なものだったのだろう。

建物じたいが倒れずに無事でいるのが不思議なくらいだ。


ニュースを見て俺と同じようにやってきたのだろうか。

涙ながらに手を合わせながら献花していく人もちらほらと居る。


「もしかして、山田くん……山田健太くんじゃない?」


急に後ろから声を掛けられた俺は振り返った。

そこにいたのは、当時の学級委員で男子なら誰もが憧れる存在、佐藤詩織さんだ。


ゆうべも会ったばかりだが、可憐な佐藤さんはとても大人びて綺麗になっていた。

仕事もバリバリとこなしているようで、俺とは住む世界も違うキャリアウーマンだ。


いつになっても手の届かない存在だった佐藤さんには、俺もつい委縮してしまう。


「あぁ、佐藤さんもニュース見てきたの?」

「うん。みんなには昨日会ったばっかりなのに、ビックリしちゃって」


佐藤さんは瞳を潤ませてはいるものの、必死に涙を堪えているようだった。

相変わらずとても気丈な女性だ。


「あんなに楽しかった同窓会がこんなことになっちゃうなんてね」


学校では男子も女子もずっと一緒。

バカやって笑ってたり、ケンカしたり、そりゃちょっとは恋もするし、たまには失恋もしたり……。


そんな風に毎日を送るのが楽しかったのに、卒業したらお別れ。

会わないのが普通になるし、俺もみんなに会えないのが当然だと思っていた。


だからこそ、同窓会は気持ちを昔に戻してくれる楽しい機会だった。

それがあの事故だ。

俺も佐藤さんに返す言葉がしばらく見つからず、事故現場のブルーシートを眺めるしかできなかった。



「でもさ、大切な記憶って無くならないじゃん。俺も佐藤さんも、あいつらと過ごした日は嘘じゃないんだし、あいつらは俺らの胸の中でずっと生きてるんだからさ」

「その友達がホントに大切だったら、もっと頻繁に会おうよってならない? 記憶が大切だ、思い出が大切だって言うけど、けっきょくは自分の生活で精いっぱいになっちゃうでしょ。お互い生きてても亡くなっても、関わりが無い存在になっちゃうんだから」


無理して少々カッコつけたのが間違いだったか。

俺の言葉に問い返す佐藤さんの意見には、何も言えなくなってしまった。


「でも山田くんの言う通りだよね。供養にはなるもん……お互い忘れないようにしてあげなきゃね。先生にもみんなにも会えて楽しかったのは間違いないんだし」


少しだけ元気を取り戻したのか、佐藤さんは俺に向かって笑った。


「そうだよ。逆に言えば突然亡くなったって聞かされるよりは、こうしてゆうべ会えたんだからさ」



すると、にわかに現場は慌ただしくなった。

いまだ行方不明だった被害者の遺体が新たに発見されたようだ。


俺は息を呑んだ。

佐藤さんは祈るように目を瞑る。


「ねぇ、山田くん……ゆうべのことって憶えてる?」

「いや、それが俺、ずいぶん酔っちゃってさ。ぜんぜん記憶にないんだよね。気づいたら家にいたし、たぶん事故には遭わずに帰れたみたいなんだけど」


佐藤さんは少しだけ頬を膨らませて上目遣いに俺を睨みつけてくる。

あぁ、やっぱりその仕草も非常に愛くるしい。

俺もアホな中学生まる出しの時は、好きの裏返しでつい真面目な学級委員の佐藤さんを茶化していたが、その時に見せていた表情とひとつも変わっていない。


「山田くんったらホントに憶えてないんだね。ずいぶん酔ってたから介抱してあげたのあたしなんだよ?」

「えっ、マジで? そりゃあゴメン……」

「お水飲ませてあげて、イスに座らせてあげてさ。ぐっすり寝てるんだもん」

「そうなんだ、それでタクシーまで呼んでくれて……ホントにゴメンね」


すっかり酒に飲まれて乱れてたようで、俺は恥ずかしさで佐藤さんの顔を見ることができなかった。

とは言え、逆にお持ち帰りされなかったのも、男として恥ずかしい限りだ。



「だから、あたしも心配で様子を見にきたんだけどさ。山田くんはあんまり苦しまなくてよかったね」

「……?」

「あたしは熱くて痛くて苦しくて……どうしてこんな目に遭うのってずっとそればっかり考えてたの。さいごのさいごまで」


俺には佐藤さんの言う意味が理解できなかった。

でも、俺の頭の中はぐるぐると動き出す。

かろうじて残る、ゆうべの記憶の断片を振り返りながら。


「あたしそろそろいかなくちゃ。山田くんも早くおいでよ。また同窓会しようね」


そう言うと、佐藤さんは俺に手を振って歩き出した。


その姿を追いたい。

まだずっと佐藤さんと一緒に居たい。

彼女を呼び止めたい。


そのはずだったのに。

俺の脚はなぜか一歩も動かない。


やがて佐藤さんの後姿は、野次馬の人混みの中に消えていった。



まだぼんやりとする俺の意識に、警察官や消防隊のやり取りが聞こえた。


「倒壊した壁面の裏から被害者を発見。呼吸、脈拍なし、瞳孔散大。所持品からこの男性は山田健太氏と思われる」

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同窓会 邑楽 じゅん @heinrich1077

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