早めの不老化病対策をお願いします。さもなくば……。

@HasumiChouji

早めの不老化病対策をお願いします。さもなくば……。

 ある漫画家が、昔、こんな事を言ったそうだ。

「残酷とは正しい者や努力した者が報われない世界である事」

 そして、正しいと思っていた事が、後に間違いだったと判る事など良く有る。

 科学的な意味でも、倫理的な意味でも。

 では、正しいと思っていた選択が自分を地獄に突き落したのに、偶然にも、そんな残酷な状況から逃れられた者が居たならば……。


『政府は新型の抗不老化薬と称する薬品には治療効果は無いとの声明を発表し、抗不老化薬未接種の方に、従来型の抗不老化薬を接種を義務付ける法案と新型の抗不老化薬と称する薬品の流通・使用を禁止する法案を次の国会に提出する事を決定しました。この法案が成立した場合、新型の抗不老化薬と称する薬品を接種した方も、十五年以下の懲役となります』

 不老化病の大流行の直前にストレスで仕事を辞めてから5年近くが経ったその日、自室のPCに表示されている動画サイトの画面が、そんなニュースを告げていた。

 退職金で買った時点で中古だった……もう何年前の型かさえ判らない骨董品のPCだ。

 この5年、良くなったり悪くなったりを繰り返す鬱とパニック障害と社会不安障害……昔の言い方だと対人恐怖症……のせいで、短期のバイトしか出来きず、いい齢して親の世話になっていた。

 しかし、その5年間の4分の3ぐらいが、親と話すだけでパニックになり、ましてや外を出歩くなどもっての他と云う状態だったせいで、「不老化病」にも感染しない代りに、抗不老化薬の接種にも行けない状態が続いていた。

 皮肉にも……「不老化病」の発生源にして世界でも有数の「不老化病」の蔓延地帯となった我が国は、その「不老化」のせいで、ゆっくりと破滅へ向かっていた。

 死刑に代る最高刑「不老不死刑」に使われる人造擬似ウィルスの変異体が流出したせいで、この国の人口の7割以上は、不老化と引き換えに、生殖能力を喪失し……行為は可能だが子供は出来ないらしい……、ゆっくりとではあるが知能が低下し続け、感染から一〇年前後で言語能力さえ失なってしまう……そうだ。

 そして、不老化とは言っても不死ではなく、大怪我をすれば死ぬ。

 この国は……徐々に滅びに向かっていた。


「あんた……少しは外に出てみんね……」

「う……うん……」

 部屋のドア越しに親にそう言われて、精神状態が普段に比べて多少はマシだったので散歩にでも行くか……と云う気持ちになった。

 元々は医療用として作られたフィルタ交換型のマスクを付け部屋を出る。

 階段を降りて玄関まで来て、靴を履くのも1ヶ月以上ぶりだと気付いた。

 そして、玄関のドアを開けた途端に……。

「みみみみみ……見付けたたたたたぞぞぞぞぞぞ……非非非非非非非非国国国国国国民民民民民民めめめめめめめめ……」


 俺は近くの公民館に連れ込まれた。

 職員など居ない、広間と炊事場とトイレだけの田舎の公民館だ。

 犯人は……町内会長……そして……。

 いや……俺より十以上けて見えたので、残り2人が誰か、すぐには判らなかった。

 だが……ようやく……似ている顔を思い出した……。

 1人は、町内会長が口にしたそいつの名前からして……近所に住んでいた小学校・中学校の頃の同級生……らしかった。

 もう1人は……俺より2つ上の筈の父方の従兄弟だった。


「あ……あの……何を……するんですか?」

「おおおおお前前前前がががが、いけないんんんだだだだだあああ〜ぞおおおおおっ」

「さっさっさっさっさっ……さっさとととととと……ええええええ選べべべべべ……」

「な……何を……ですか?」

「ちゅちゅちゅちゅ……ちゅうしゃ……か……チ○コを切り落されるかかかかか……」

「えっ?」

「もももももも……もうすぐぐぐぐ……ほほほほ保健所の人人人が来る来る来る来る来るぅぅぅぅ」

「注射って、抗不老化薬の?」

「そそそそそそうだだだだだ……非非非非非非科学的ななな陰陰陰陰陰陰陰毛論を信じて信じて信じて……ままままま……まだ打って打って打って打ってないだろろろろ……」

「そ……それは……陰謀論では?」

「だだだだだだ黙れれれれれ……」

「あ〜、その方が接種希望者ですか?」

 その時、ようやくマトモに聞こえる声がした。


「あ……あの……あれは一体……?」

「ああ……一度、不老化病に罹った後に抗不老化薬を接種すると……ああなるんですよ。老化スピードは、これまでより早まり……知能の低下と生殖能力の喪失は、そのまま……。早い話が……『不老化の治療に成功したが、状況は治療前より悪化した』って所ですね」

 保健所の職員と名乗った人物は、俺にそう説明した。

「そ……それは……治療と言うんですか?」

「さて、どうでしょうね? ところで……政府が、抗不老化薬の早期接種を呼び掛けたせいで……国民の多くが、あんな感じになってるんですが……そもそも、何で知らなかったんですか?」

「ここ5年ほど、引きこもりになってたせいで……世情に疎くて……」

「はぁ……」

「あの……ニュースになってる新型の抗不老化薬ってのは?」

「はい、治療効果は有りません」

「ああ、やっぱり偽物……」

「いえ、本物です」

「へっ?……言ってる意味が……判らないんですが……」

「新型の抗不老化薬は、不老化病未感染者かつ旧型の治療薬未接種者にしか効果が無い予防薬です。治療薬じゃ有りません」

「ええっと……なら……何故、認可もされずに、しかも、違法化されようとしてるんですか?」

「あのねえ……政府の言う事に従わずに、今まで旧型の治療薬を接種していなかった貴方のような非国民が良い目を見て……しかも、その非国民の子孫が、この国の将来を担う事になるんですよ。そんな事が起きれば国が滅びます。そんな事態を政府が許す訳ないでしょ」

「へっ?」

「ああ、注射は終りました。発症したら、2回目の接種を受けに来て下さい」

「あの……何を言われて……」

「今、貴方に接種したのは、治療薬じゃなくて不老化病の擬似ウィルスです」

「ちょ……ちょっと待って下さい……何の為に……?」

「決ってるじゃないですか。貴方のような政府の命令に従わなかった非国民を断種する為ですよ」


 ある漫画家が、昔、こんな事を言ったそうだ。

「残酷とは正しい者や努力した者が報われない世界である事」

 そして、正しいと思っていた事が、後に間違いだったと判る事など良く有る。

 科学的な意味でも、倫理的な意味でも。

 では、一国の国民の大半が正しいと思っていた選択がその国民の大半を地獄に突き落したのに、偶然にも、そんな残酷な状況から逃れられた少数派が居たならば……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

早めの不老化病対策をお願いします。さもなくば……。 @HasumiChouji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ