第5話 見破られた罪悪

 ◆◆◆



 世の中に「災い」、「疫病」、「悲嘆」、「欠乏」、「犯罪」は放たれてしまったが、箱の中に「夢」や「希望」がある限り、人々はその「夢」や「希望」を胸に、世の中に絶望せずに生きていけるのである。




 ◆◆◆




「ちょっと待て、小早川。これは何だ?」


 箱の内部に落ちている食べカスを小早川に見せた。


「これは……ぺろり。甘い!! 自分のお菓子の食べカスッス!!」

 小早川の頭をはたいた。


 現場を勝手にねぶるんじゃない。警察の科学力を甘く見ているのはお前だ。


「お前はこの箱を開けたことがあるか?」

「いえ、そもそもこの箱を見つけたのは先刻せんこくはつッス!」


 ってことはこいつ、マジでお菓子をもらってすぐ帰っていたんだな……。隔月で。


 するとおかしい。お菓子だけに。

 何故このお菓子の食べカスが箱の内部に落ちている?


 すると、すべての謎が解けた。


「小早川、あいつを呼び出せ」

「あいつって誰ッスか?」


「当たり前だろう。真犯人だよ」



 ○○○



「海老名さん。あなたが雷々亭司祭を殺した犯人だ」


「な、何言っているんですか。自分は何にもしていませんよ。シスターがこの箱を開けていたんですよね? あなたたちの声がこちらにも届いていました。毒ガスも彼女が仕掛けていたんだ」


「毒ガスは仕掛けられていなかったはずです。箱の内部を見てください。司祭が死ぬ間際、箱の内部を引っ掻いた跡が残っています。あなたの話した通り司祭が毒ガスで死に、箱に倒れ込んだのであれば、こんな跡が残るはずが無い」


「すぐに死ななかっただけですよ? シスターが一番怪しいことには変わりが無いはずです」


「確かにシスターはこの箱を頻繁に開けていた。彼女と司祭の髪の毛がこの箱の内部に残されています。他にも汗とかいろいろな痕跡が残されているかもしれません。しかし、この箱の内部にひとつ、おかしな痕跡が残されているんです」


「おかしな、痕跡? …………なんですか?」


「お菓子です。お菓子の食べカス。本日の『見物会』で配っていた……えーと、名前が出てこないお菓子です」


 別々の二つのお菓子。何故だか名前が出てこない。誰もが知っているお菓子だが、口が裂けても名前が出せない。今はまだ。


「お菓子の食べカスが箱の内部に残されていたって、それがなんだってんですか?」


「『災厄の箱』は密室だった。小早川は本日初、この箱を見つけました。それなのに、俺たちが箱を開けたタイミングで既にお菓子の食べカスは中に落ちていた。一体いつ、どのタイミングでお菓子の食べカスは『パンドラの密室』に入り込んだのか? それは、あなたが箱をドリルで穴空けた、あのタイミングです」


「一体全体なんなんッスか! 先輩!!」


「箱に穴を空けたあのタイミングに、エアーの通り抜ける音がした。あれは中の毒ガスが外に出る音じゃ無い。外のエアーがだったんだ!!」


 物置部屋は誰もいないくせに、エアコンがついて暖かかった。

 箱の内部のエアーの圧は下がり、圧力の差で密閉された箱は、一度入り込むと中からは開けられない仕組みになっていたのだと考えられる。


「司祭は『災厄の箱』の中から逃げ出すことができませんでした。中から開けることもできずに、窒息死したんだ! 司祭の死後、そのまま箱は開けることができない。何故ならば、圧力の関係で箱は外からも開けることができないからだ。するとトリックがばれるおそれがある。だからあなたはドリルで箱に穴を空けたんだ。箱の中の圧力と箱の外の圧力が、エアーが通り抜けることによって一定になり、箱を開けることができる。そのタイミングで外に落ちていたお菓子の食べカスが箱の内部に吸い込まれた。密室は密室ではなくなったんだ!!」


「そ、そんなこと……誰にもわかるはずがない!!」


「警察の力を、科学力を甘く見てもらっちゃあ困ります。調べれば箱の内部に落ちていたお菓子の食べカスに、小早川の皮脂や唾が付着していることが分かるはずです。それが、本日配られたお菓子の食べカスだったら、逃れられぬ痕跡ですよ」


 実際には、小早川が先刻せんこくぺろっとねぶったことで唾も皮脂も付着しているのだが、それは勝手が悪いので黙っていることにする。


「くっ……、黙っちゃいられなかったんです! 司祭はシスターと、箱の中で密会していました。不倫していたんです。よりにもよってチャペルの中で、神の眼前がんぜんで、神を裏切っていたんです!!」


「それはあなたもだ、海老名さん。欲に駆られ、欲に操られ、欲に身を任せた。あなたも立派な犯罪者です」


「あ、ああ、ああああああぁぁぁぁ…………!!」


「神に守られたければ神を心に、法律ルールに守られたければ法律ルールを心に持ち続けなければならないはずだ。あなたたちの心には何が残っている?」


 海老名は泣き崩れ、シスター和沢井は空を仰いだ。

 神が見ているか如く、鮮やかな決着だった。


 警察が現着し、犯人を逮捕した。

 我々の法律ルールで罰を与えられるのは海老名ただ一人である。

 シスター和沢井の犯した罪は、誰が罰するのか。


 神は見ているのならば。

 いずれ何らかの形で、彼女は罰されるのかもしれない。


 俺たちは見ている。

 事件が起こる前にだって感覚を研ぎ澄ませている。

 犯罪者がどれだけ世の中に蔓延はびこったとしても、

 災いがどれだけ世の中に放たれたとしても、見放しはしない。

 決して逃しはしない。それが我々、警察だ。




 ◆◆◆(リポグラム・終わり)


 大聖堂チャペルという密室を出た。

 事件は無事解決した。俺たち二人の手によって。


「結局『災厄の箱』はすでに開けられていたみたいッスね」

「あぁ、あいつらの欲のために存在していたんだ。罪深いのはどっちだって話だな」


『災厄の箱』の中には何が残っていたんだっけ?

 その少しの『なんとやら』を胸に、俺たちはこれからも頑張っていく。



「ゆ」「め」「き」「ぼ」「う」


 そう、を心に握りしめて。

 平和な世の中を作っていくんだ。


 俺は小早川を見た。

 あいつの推理は結局のところ的外れだったが、いい線を行っていた。

 あいつも俺と同じ志を持っていてくれるといいのだが。


 小早川はスカッとした顔をしながら、口元にお菓子の食べカスをつけて夕日の沈みゆく空を眺めていた。


まい ンタイ味」と、「の宿」の袋を握りしめて。




 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パンドラの密室 ぎざ @gizazig

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ