第4話 見透された密会

 ◆◆◆



 しかし、「夢」や「希望」のみはふちの下に残って出て行かず、パンドラはその「箱」をすぐに閉めてしまった。


 こうして世界には災厄が満ち、人々は苦しむことになった。


 ◆◆◆



 ついに殺人事件が発生してしまった。

 いや、自殺か事故かもしれない。


 俺はシスターと青年を現場から遠ざけるために、警察を呼べと伝えた。まぁ、実質警察は俺自身なのだからおかしな話だが。犯人特定には科学の力の調べが必須だからだ。


 箱の内部には被害者が引っ掻いた跡が複数残されていた。血が出るほど引っ掻いて、血の跡が縦横たてよこあちこちに、残されている。


 喉元を抑えて苦しんでいる顔をしているな。

 死因はなんだ? 毒ガスか? 体温はまだ暖かい。死んで間もないみたいだ。


 他には例えば刃物で刺されたり、ロープなどで首をあれこれした跡はなく、箱の内部の跡を見る限り、箱の中で被害者は少しの間死んでいなかったことがわかるくらいだ。


 また、箱の内部には、髪の毛が何本か残されていた。

 そのほとんどは白髪交じりの被害者自身のものだと推測できるが、中には長い髪の毛も見つかった。

 この髪の毛は……シスター和沢井のもの、か?


 おかしい話だ。

 これが遺体発見現場である物置で見つかったのならば、たいした問題では無い。このチャペルは彼ら彼女らが生活している建物だ。髪の毛が見つかることはおかしくもなんともない。


 しかし、見つかったのは『災厄の箱』の内部である。

 神いわく『決して開けてはならない』とされる箱の内部に髪の毛がみつかったのならば、つまりその箱をシスター自らが開けていたことに他ならない。

 敬虔けいけんな信者であると思われたシスターが、罰当たりなことをしているだけならば、それまで。チャペルのルールに従い罰を与えられる。

 しかし、もし我々の、警察の出番がるルールを犯しているのであれば、覚悟をしてもらわなければならない。

 我々が確実に、神の如く厳格に、神の如く等しく正しく罰を与える。法律ルールに従って。


「先輩……。犯人が分かりました」

「あぁ、俺もだ」

「自分が落としてみせます。自分に任せてはいただけないッスか?」


 小早川は俺をまっすぐ見た。良い眼差しだった。


 ふっ。俺が力を貸すまでもないな。

 俺は黙って見ていることにした。


「シスター、少しよろしいッスか」


 小早川は礼拝室で待機してもらっていたシスターを集会ミーティングルームに呼び出した。

「実は、『災厄の箱』の内部で、あなたの髪の毛を見つけました。これは何故ですか?」


「それは私のものではありません。おそらく他の誰かの、あの箱が作られた時点でのものだと思います」


「シスター。警察の科学力を甘く見ないでください。調べればすぐにわかることなんですよ」


 シスターは思い詰めた顔をして、視線を下ろした。

 すぐに小早川を見た。その顔は何かを決意していた。


「……はい。私の髪の毛です」


「あなたはあの箱を開けたわけだ。『災厄の箱』を」

「神の意思に、背いたことを致しました」


「ただ、それだけではないはずです」

 シスターの顔が再び固まる。


 箱の内部に髪の毛が入る。それは、箱を開けただけでは無いのではないか。

 たとえば、箱の内部に自ら入り込んだとしたら。

 内部に入り込んで、一体どんなことをしたのか。


 そして、箱の内部にはあと一人の髪の毛が存在した。


 雷々亭氏のものだ。

 これは何を意味するのか?


 類推すると、見えてくる。

 二人の男女が、人に見られない場所に行く理由わけとは。


「あなたは、雷々亭司祭と密会していましたね。よりにもよって、この『災厄の箱』の内部で!!」


 司祭は婚約していた。リングフィンガーにリングがあった。ルールでは、司祭になる前ならば、結婚ができるのだと。しかし、その相手がシスターとは限らない。もし二人が愛し合っていることが認知されているのなら、密会することはないはずだ。

 ならば、不倫か。


「『絶対に開けてはならない箱』ならば誰かが開ける心配は無い。それが他ならぬ『神からの試練』ならば『神に仕えている身』の人間が近づくことすら恐れる。それをあなた方は逆手にとった!」


 罰当たりである。まったく。

 不倫の如し不貞をひとつ行なっているのだから、『災厄の箱』を開けることくらいは何も怖くなかったのか。


 何せとっくの昔に「災い」は外に放たれていたのだ。その「災い」の如し熱愛に魔が差したとは勝手の良い言い訳だ。

 欲に負けてルールを破ったのは彼ら自身の倫理だからだ。


「あなたは司祭に別れを言い渡されていた。それは司祭がこの箱を燃やして捨てると言い出していたことから推理できます。密会場所をわざわざなくすことは、『今後密会することは無い』ことを意味するからです。あなたはそれを嫌がった。だから殺した!」


「違います! 私はあの人を殺してなんかいません!!」


「箱を開けずに燃やすことに考えを変えたのは、あなたの痕跡を隠滅したかったからですね。この箱の内部には、いたるところにあなたたちの密会の痕跡が転がっています。例えば、あなたは今グラスをかけていますが、もしコンタクトレンズが箱の内部に落ちていれば、もはやあなたがこの事件に関わっていることは明らかです!!」


「別れを言い渡されていたのは仰る通り。燃やすことにしたのも確かに。調べられたら分かってしまいますから。でも、殺してなんかいません! 別れたくないからって、殺すことなんてしません!」


 不倫を一つ行ない、『災厄の箱』を開け「災い」を解き放ち、果ては殺人をも犯した。

 こんなこと、もし神が全てを見、知っているのなら、ご加護があるはずが無い。


 神が見透かした密会。殺意。その罪悪を。

 法律ルールに則り我々が直ちに逮捕してみせる。


「怪文書で司祭を『災厄の箱』におびき寄せたのもあなただ。毒ガスで箱の中に倒れ込み、そのまま雷々亭氏は死んだ。あなたはその場にいることなく、司祭を殺したんだ!!」


 はたから聞いていると、小早川の推理には何の突っ込みの余地も無い。

 おかしいな。本格推理ミステリーみたいだ。


 俺は仕事が終わってしまった。

 所在なさげに、箱の中へと視線を戻した。


 するとそこには、小さな、見たことのあるものが落ちていた。

 小早川が持っていた、あのお菓子の食べカスが箱の内部に落ちていたのだ。


『決して開けてはならない箱』の内部に、小早川のお菓子の食べカスが?

 おかしい。お菓子だけに。


 まさか、シスターに罪をかぶせていた?

 犯人は、小早川?




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