第9話 見透された密会
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しかし、「夢」や「希望」のみは縁の下に残って出て行かず、パンドラはその「箱」をすぐに閉めてしまった。
こうして世界には災厄が満ち、人々は苦しむことになった。
◆◆◆
ついに殺人事件が発生した。
いや、自殺か事故の可能性もある。
俺はシスターと青年を現場から遠ざけるために、警察を呼ぶように伝えた。まぁ、実質警察は俺自身なのだからおかしな話だが。応援は必要だ。鑑識の捜査が必要だからだ。
箱の内部には被害者が爪でひっかいたような傷跡が複数残されていた。血の跡が縦横無尽に箱の内部に残されている。
喉元を抑えて苦しんでいる?
死因はなんだ? 毒ガスか? 体温はまだ暖かい。死んで間もないようだ。
遺体は尿をもらしている。死の直前にはよくあることだ。
他には外傷はなく、箱の傷からは、箱の内部で少しの間生きていたことがわかるくらいだ。
箱の内部には、他にも毛髪が数本残されていた。
そのほとんどは白髪交じりの司祭のものだと推測できるが、中には長い髪の毛も見つかった。
この髪の毛は……シスター和沢井のもの、か?
おかしい話だ。
これが遺体発見現場である物置で見つかったというならば、たいした問題では無い。この大聖堂は彼ら彼女らが生活し活動している空間だ。多少の毛髪が見つかることはおかしくない。
しかし、見つかったのは『災厄の箱』の内部である。
神いわく『決して開けてはならない』とされる箱の内部に毛髪がみつかるということは、つまりその箱をシスターが開けていたことに他ならない。
敬虔な信者であると思われたシスターが、罰当たりなことをしているだけならば、それまで。大聖堂のルールに従い罰を受ける。
しかし、もし我々の、警察の出番が必要なルールを犯しているのであれば、覚悟をしてもらわなければならない。
我々が確実に、神よりも厳格に、神よりも正しく罰を与える。法律に従って。
「先輩、犯人が分かりました」
「あぁ、俺もだ」
「僕が落としてみせます。僕に任せてはいただけないッスか?」
俺が力を貸すまでもないようだ。
俺は黙ってみていることにした。
「シスター、少しよろしいでしょうか」
小早川は礼拝室で待機してもらっていたシスターを集会室に呼び出した。
「実は、『災厄の箱』の内部で、あなたの毛髪を見つけました。これはどういうことでしょうか?」
「それは私のものではありません。きっと他の誰かの、あの箱が作られた当時の者だと思います」
「シスター。鑑識の力をなめないでください。調べればすぐにわかることなんですよ」
シスターは思い詰めた顔をして、まぶたを下ろした。そして何かを諦めたようなすっきりとした顔をして向き直った。
「はい。私の髪の毛です」
「あなたはあの箱を開けたわけだ。『災厄の箱』を」
「神に、許されないことを致しました」
「ただ、それだけではないはずです」
シスターの顔が固まる。
箱の内部に髪の毛が入る。それは、箱を開けただけでは無いだろう。
おそらく、箱の内部に入り込んだ。
どうしてどんなことをしたのか。
そして、箱の内部にはもう一人の髪の毛が存在した。
雷々亭氏のものだ。
これは何を意味するのか?
想像に、堅くない。
二人の男女が、人目のつかないところに入る理由。
「あなたは、雷々亭司祭と密会していましたね。よりにもよって、この『災厄の箱』の内部で」
司祭は婚約していた。司祭になる前ならば、結婚ができる。しかし、その相手がシスターとは限らない。
不倫か。
「『絶対に開けてはならない箱』ならば誰かが開ける心配は無いでしょう。それが『神からの試練』ならば『神に仕えている身』の人間が近づくことすら恐れる。それをあなた方は逆手にとった!」
罰当たりというか、なんというか。
不倫という不貞をひとつ行っているのだから、『災厄の箱』を開けることくらい何も怖くなかったのだろうか。
とっくのとうに「災い」は外に放たれていたのだ。その「災い」の熱にうかされて魔が差したというのは都合の良いいいわけだ。
欲に負けてルールを破ったのは彼ら自身の倫理だからだ。
「あなたは司祭に別れを切り出されていた。それは司祭がこの箱を燃やして廃棄しようとしていたことから推理できます。密会場所をわざわざなくすということは、『もう会う必要が無い』ことを意味するからです。あなたはそれを嫌がった。だから殺した!」
「違います! 私はあの人を殺してなんかいません!!」
「箱を開けずに燃やそうとしたのは、証拠隠滅のためでしょう。この箱の内部には、いたるところにあなたたちの密会の証拠が転がっていることでしょう」
「別れを切り出されたのものその通りです。燃やそうとしたのも確かに。調べられたら分かってしまいますから。でも、殺してなんかいません! 別れたくないからって、殺すなんてしません!」
不倫を一つ行い、『災厄の箱』を開け「災い」を解き放ち、果ては殺人を犯した。
こんなこと、神が許すはずが無い。
法律に則り我々が直ちに逮捕してみせよう。
「怪文書で司祭を『災厄の箱』におびき寄せたのもあなただ。毒ガスで箱に倒れ込み、そのまま絶命。あなたはその場にいることなく、司祭を殺したんだ!!」
はたから聞いていると、小早川の推理にはぐうの音も出ない。
おかしいな。読んでいる小説が違うみたいだ。
俺は仕事が終わってしまった。
所在なさげに、箱の中へと視線を移す。
すると、そこには見覚えのあるものが落ちていた。
小早川が持っていた、あのお菓子の粉が箱の内部に落ちていたのだ。
『決して開けてはならない箱』の内部に、小早川のお菓子の粉が?
おかしい。お菓子だけに。
まさか、シスターに罪をかぶせていた?
犯人は、小早川?
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