第10話 見破られた罪悪

 ◆◆◆


 世の中に「災い」、「疫病」、「悲嘆」、「欠乏」、「犯罪」は放たれてしまったが、箱の中に「夢」や「希望」がある限り、人々はその「夢」や「希望」を胸に、世の中に絶望せずに生きていけるのである。



 ◆◆◆


「ちょっと待て、小早川。これは何だ?」


 箱の内部に落ちている粉を小早川に見せた。


「これは……ぺろり。僕のお菓子の粉ッス!!」

 小早川の頭をはたいた。


 現場を勝手になめるんじゃない。鑑識をなめているのはお前か。


「お前はこの箱を開けたことがあるか?」

「いえ、そもそもこの箱を見つけたのは今日が初めてッス!」


 本当にお菓子をもらいに来ていただけなんだな……。

 するとおかしい。お菓子だけに。

 どうしてこのお菓子の粉が箱の内部に落ちている?


 すると、すべての謎が解けた。


「小早川、あいつを呼び出せ」

「あいつって誰ッスか?」


「当たり前だろう。真犯人だよ」



 ○○○


「海老名さん。あなたが雷々亭司祭を殺した犯人だ」


「な、何言っているんですか。僕は何にもしていませんよ。シスターがこの箱を開けていたんでしょう? 毒ガスも彼女が仕掛けていたに決まっています」


「毒ガスは仕掛けられていなかったはずですよ。箱の内部を見てください。司祭が死ぬ間際、箱の内部をひっかいたような跡が残っています。あなたの言うとおり、司祭が毒ガスで死に、箱に倒れ込んだのであれば、このような跡が残るはずが無い」


「すぐに死ななかっただけでしょう? シスターが一番怪しいことには変わりが無いはずです」


「確かにシスターはこの箱を頻繁に開けていた。彼女と司祭の毛髪がこの箱の内部に残されています。他にも汗とかいろいろな証拠が残されているでしょう。しかし、この箱の内部にひとつ、おかしな証拠が残されているんです」


「…………なんですか?」


「お菓子です。お菓子の粉。今日の『見物会』で配っていた……えーと、名前が出てこないお菓子です」


 お菓子は二種類あった。何故だか名前が出てこない。誰もが知っているお菓子だが、口が裂けても名前が出せない。


「お菓子の粉が箱の内部に残されていたって、それがどうしたっていうんですか?」


「『災厄の箱』は密室だった。小早川は今日初めてこの箱を見つけました。それなのに、俺たちが箱を開けたタイミングで既にお菓子の食べカスは中に落ちていた。一体いつ、どのタイミングでお菓子の粉は密室に入り込んだのか? それは、あなたが箱をドリルで穴開けた、あの瞬間です」


「一体どういうことッスか! 先輩!!」


「箱を開けたあの時、空気の通り抜ける音がした。あれは中の毒ガスが外に出る音じゃ無い。外の空気が中に入り込む音だったんだ!!」


 物置は誰もいないくせに、エアコンがついて暖められていた。

 箱の内部の圧は下がり、密閉された箱は、一度入り込むと中からは開けられない構造になっていたのだろう。


「司祭は『災厄の箱』の中に閉じ込められ、そのまま中から開けることができずに、窒息死したんだ! そのまま箱を開けようとしても、圧力の関係で箱は外からも開けることができない。するとトリックがばれるおそれがあるため、あなたはドリルで箱に穴を開けたんだ。箱の中の圧力と箱の外の圧力が、空気がつながることによって一定になり、箱を開けることができる。そのときに外に落ちていたお菓子のカスが箱の内部に吸い込まれた。密室は密室ではなくなったんだ!!」


「そ、そんなこと……誰にもわかるはずがない!!」


「警察の力を、鑑識をなめてもらっちゃあ困ります。調べれば箱の内部に落ちていたお菓子の粉に、小早川の皮脂や唾液が付着していることが分かるはずです。それが、今日配られたお菓子のカスだったら、動かぬ証拠です」


 実際には、小早川がさっきぺろっとなめたことで唾液も皮脂も付着しているのだが、それは都合が悪いので黙っていることにする。


「くっ……、許せなかったんです! 司祭はシスターと、箱の中で密会していました。不倫していたんです。よりにもよって大聖堂の中で、神が見ている眼前で神を裏切っていたんです!!」


「それはあなたもでしょう。欲に駆られ、欲を制御できずに、欲に溺れた。あなたも立派な犯罪者です」


「う、うううううううううぅぅぅぅ…………」


「神に守られたければ神を心に、法律に守られたければ法律を心に生きるべきだ。あなたたちの心には何が残っている?」


 警察が到着し、犯人を逮捕した。

 我々の法律で罰を与えられるのは海老名ただ一人である。

 シスター和沢井の犯した罪は、誰が罰するのだろうか。


 神は見ているというのならば。

 いずれ何らかの形で、罰されるのであろう。


 俺たちは見ている。

 事件が起こる前にだって目を光らせている。

 犯罪者がどれだけ世の中にはびころうとも、

 災いがどれだけ世の中に放たれようとも、

 決して逃しはしない。それが我々、警察だ。




 ◆◆◆


 大聖堂を出た。


「結局『災厄の箱』はすでに開けられていたみたいッスね」

「あぁ、あいつらの欲のために存在していたんだ。罪深いのはどっちだって話だな」


『災厄の箱』の中には何が残っていたんだっけ?

 その少しの『なんとやら』を胸に、俺たちは頑張っていく。

「ゆ」「め」「き」「ぼ」「う」


 そう、夢と希望を心に握りしめて。

 平和な世の中を作っていくんだ。


 俺は小早川を見た。

 あいつの推理は結局のところ的外れだったが、いい線を行っていた。

 あいつも俺と同じ志を持っていてくれるといいのだが。


 小早川はスカッとした顔をしながら、口元にお菓子のカスをつけて夕日の沈みゆく空を眺めていた。


 うまい棒 メンタイ味と、雪の宿の袋を握りしめて。




 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パンドラの密室 ぎざ @gizazig

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ