第十三話 唐辛子

 山小屋の裏の大きな杉の林には、ロープが張り巡らされていた。

 ロープは木の幹にもグルグルと巻きつけられて、途中途中でボルトでしっかり固定されている。

 ロープが張られた木と木の間は長いところで10mほどあり、地面からの高さも15mほどある。

 「ホーホー」と鳥の鳴く声だけが響き、夜の林はひんやりとしていた。


 新士は携帯電話にメモした前回のタイムを確認すると、携帯電話を腰のポケットにしまい、腕時計のストップウォッチをスタートさてから両手にグローブをはめると、ロープをつたって杉の木をスルスルと登り始めた。

 15mほど登り、ロープをつたって隣の木に移ろうとしているところで携帯電話のアラートが鳴った。


 新士は木と木の間のロープ上で一旦止まると、腰のポケットから携帯電話を取り出してアラートの内容を確認した。

 アラートには『ベランダ側の窓』と表示され、音声ファイルが添付されていた。

 新士は「やれやれ」と言って携帯電話をしまうと、向きを変えて元の木に戻り、ロープをつたってスルスルと木から降りると、また携帯電話を取り出して電話を掛けた。

 「ばあちゃん、訓練は中止したから今日はもういいよ、ありがとう。」と新士は祖母に言って電話を切った。


 新士は山小屋に戻ると、上下黒色のジャージに着替えながら、携帯電話のアラートと一緒に送信されてきた音声ファイルを再生した。

 音声ファイルにゴソゴソという物音が何度か入っていたので、物音がする度に再生時間をチェックした。

 新士は着替え終わると、予め準備しておいたスポーツバッグを持って、ガレージに駐車してあった白いセダンに飛び乗ってすぐに発進した。


 新士は車が舗装された道路に出ると、携帯の音声ファイルの物音がする部分を何度か繰り返し再生した。

 「・・・こじ破りか。部屋の電気を付けた様子はないな・・・。待ち伏せかな。」と新士は呟くと、どこかに電話を掛けた。


 ☆☆☆


 軽自動車を運転して自宅アパートへ戻る途中だった薫は、鳴るはずのない電話が鳴ったので驚いた。

 (この電話に唯一掛けて来たのは・・・)と思いながら、薫は恐る恐る電話に出ると、「煙さんですか?」と聞いてみた。


 「そうです。確認ですが、前回使ったヘッドセットは持ってますか?」と新士が言うと、「前回は捨てろと言われませんでしたから。」と薫は答えた。

 「では、ヘッドセットを装着してください。」と新士は言って電話を切った。


 薫がすぐにグローブボックスからヘッドセットを取り出して装着すると、「時間がないので必要なことだけ言います。従うかどうかは決めてください。」と新士は言った。

 「2キロ先のホームセンターの駐車場に入ったら、車から出ずに待機しててください。」と言って新士は通話を切った。


 ☆☆☆


 新士は薫のアパート近くの公園に車を駐車すると、ジャージの上着を脱いでスポーツバッグからベストを取り出して装着し、その上からまたジャージの上着を着た。

 アパートは二階建てで、正面側に窓はなく、玄関ドアだけが一階と二階に5つずつ並び、アパート裏側には各部屋のベランダが並んでいる。

 新士はアパート裏側から二階の角部屋(薫の部屋)をチェックしながら近付き、路地から建物横に回った。


 夜の8時を回って辺りは暗く、人通りもまばらだった。

 新士は素早くフェンスを越えると、非常階段を登り屋上に上がった。

 屋上から上半身を乗り出し、薫の部屋の窓を覗く。

 窓ガラスがこじ破られ、少し窓が開いている。

 (ベランダ側の窓から侵入したのは間違いなさそうだな。)と思いながら、閉じられたカーテンの隙間から部屋の中を窺う。

 足音と共にベランダ側に人が歩いてくるのが分かったので、新士は身をかがめてじっとその様子を観察する。

 帽子を目深にかぶった髭面の男がカーテンを少し開けて顔を出した。

 歳は50前後だろうか。


 男はベランダ側の窓から下の通りの様子を伺うと、今度は部屋の中をドア方向へ歩いて行った。

 男は落ち着かないのか、せわしなくベランダ側の窓とドアを行ったり来たりしている。

 新士は(やっぱり一人か。)と小声で言うと、男がドアに歩いて行くタイミングを見計らって屋上から静かにベランダへ降りた。


 ベランダに降りると、音を立てないように片側の窓を開け、ジャージの胸元から手を突っ込んでベストのポケットから筒状の道具を取り出して、キャップを外して口にくわえた。

 次に男がベランダの方へやってきてカーテンを開いた時、新士は男の顔に向かって筒の中に入った唐辛子の粉を吹きかけ、同時に素早く男の喉を突いて潰した。


 男は目と喉を押さえて後退りし、目も見えず、声も出せず、「うー、うー・・・。」と悶えている。

 新士は素早く部屋に入って男の背後を取ると、腕で首を絞め、膝の裏を蹴って座らせた。

 男が締め落とされて脱力するまで、ほんの数秒だった。


 新士はベストのポケットから結束バンドを取り出すと、男の手足を拘束し、ヘッドセットを装着して薫と通話を始めた。

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