第三話 拘束

 父と母を弄んで殺害した男は、小塚亮平(コヅカリョウヘイ)39歳。

 戸籍上存在しない無職の人間が、こんな警備員付きのマンションの最上階に住んでいる。

 喜朗おじさんの言う通り、確かに何者かが小塚の面倒を見ているとも思える。

 

 深夜2時、1台のバンがマンションの駐車場に現れた。

 バンには『ニコニコ清掃㈲』と書かれ、ウサギとカメが仲良く掃除をしている姿がペイントされていた。

 新士は駐車場のゲートを開けると、「お疲れ様です。」と言ってバンを迎え入れた。

 バンから降りて来た青いツナギにキャップを被った清掃員も、「お疲れ様です。」と言って、楽器を入れるような大きな黒いケースを降ろして新士に渡した。

 黒いケースにはキャスターが付いており、とても静かに滑らかに動かせた。


 1時間後、小塚がホロ酔いでふら付きながら帰ってきた。

 ここ1週間ずっと行動を監視していたが、毎日ほとんど同じ行動だ。

 警戒心がまるでない。

 よほど大きな組織がバックにいるのか?


 30分ほど待って、新士は黒いケースを転がして小塚の部屋の前に行った。

 腕時計で時刻をチェックし、聴診器をドアに当て、部屋の中の音を聞いて、物音がしないことを確認。

 黒いケースはドアの前に置き、新士はそのまま屋上に上がると、被っていた警備員の帽子をリュックに入れ、代わりに黒いグローブを取り出して装着した。


 屋上のフェンスを乗り越えてスルスルと小塚の部屋のベランダに降りると、寝室の窓から部屋の中を確認した。

 帰ってきた時の格好のまま、小塚がベッドにうつ伏せに寝ているのが見えた。

 新士はリュックから3本のガス缶を取り出すと、エアコンの室外機から寝室にガスを送り込んだ。


 再びベランダからスルスルと屋上へ戻り、屋上でリュックから警備員の帽子を取り出して被ると小塚の部屋の前まで行き、今度はマスターキーで部屋のドアを開けて、息を止めて黒いケースを持って部屋に入った。

 新士は素早く静かにドアを締めると、警備員の帽子を脱いでリュックに入れ、代わりに取り出したガスマスクを装着した。


 部屋の明かりは点けずに寝室に行き、聴診器で寝室内の音を確認。

 うっすらと寝息が聞こえる。

 静かに寝室のドアを開け、音を立てずにベッドにうつ伏せになっている小塚に素早く近づき口を左手で覆い、右手のスタンガンを首に押し当てる。

 小塚に反応はない。良く寝ている。


 新士はスタンガンをしまい、寝室の窓を開けて部屋に充満していたガスを外に出した。

 ガスマスクを外してリュックにしまうと、リュックのポケットから結束バンドを取り出して小塚の両手と両足を拘束し、口に粘着テープを貼った。

 黒いケースを開けると、ケースの中は人が足と腰を曲げた形に型取られていた。

 新士は小塚をケースに押し込むと、窓を閉めて寝室を出た。


 ドアの内側から廊下の物音を聴診器で確認し、人気がないことを確信してから部屋を出て、黒いケースを転がしてエレベーターで警備員室へ戻った。

 腕時計で時刻をチェックすると、新士が小塚の部屋の前に立ってから12分が経過していた。

 (初めてにしてはまずまずだろう・・・。)と新士は思った。


 警備員室では、小山田さんが気持ちよさそうにいびきをかいていた。

 新士はマスターキーを返却して監視モニターの前に座ると、録画されているデータを操作して1週間前からの映像を全て消去した。

 この先の録画も停止した。

 携帯のグループメールに『トレインズ勝利!』と送信して小さく安堵のため息をつくと、黒い大きなケースを見つめた。

 「今は考えるな。大丈夫、最後までやれる。」と小さな声で呟くと席を立った。


 気持ちよさそうに寝ている小山田さんを残して駐車場へ出ると、ニコニコ清掃のバンが後部ハッチを開けて待っていた。

 青いツナギの男は、「お疲れ様でした。」と言って新士から黒いケースを受け取ると、手早くケースをバンに載せた。

 新士が警備員の帽子を取って最上階の小塚の部屋を眺めていると、「出しますよ。」と青いツナギの男が新士に声を掛けた。

 「はい。」と言って新士が後部座席に乗り込むと、バンは静かに発車した。

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