第十七話 懐柔
その日、一宮が建築事務所の電気を切ってドアに鍵を掛けたのは、午後8時を過ぎた頃だった。
一宮がいつものように駐車場の自分の車に乗り、エンジンをかけようとした時に、後部座席から新士が一宮の首にロープを掛けて言った。
「エンジンはかけるな。振り向かずにそのまま聞け。」
一宮は思わず大きな声を出したが、その声が車の外に漏れることはなかった。
ルームミラーはあさっての方向に向けられていて、一宮が新士の姿を見ることは出来なかった。
新士はしばらくそのまま一宮の様子を窺った後、ロープを少し緩めて「一応確認するが、エイギョウで間違いないな?」と聞いた。
一宮は嘘をつくことが自分の立場を悪くするだけだと悟ったのか、「・・・そうです。」と答えた。
「今からトカゲのことを聞く。素直に話して楽に死ぬか、話さずに苦しんで死ぬか、5秒で決めろ。」と新士は言った。
「もう死ぬ覚悟はできています。全て話すのでトカゲを潰してください。それと何でも協力するので、私の家族だけは見逃していただきたい。」と一宮は即答した。
「どういうことだ?」と新士は聞いた。
「煙さんですよね。私も長くこの世界にいます。来るならあなただと思っていました。」と一宮は悲しそうに言った。
新士は何も言わず、話の続きを待った。
「私がお金に困ってトカゲと最初に仕事をしたのは15年も前の話になります。一度きりのつもりでしたが、妻を殺すと脅されて抜けられなくなりました。子供ができたタイミングで妻とは離婚して縁を切りましたが、トカゲは未だに家族を監視していて、私がトカゲから抜けないように縛り付けています。・・・もう疲れました。私はいつ死んでも構いません。それだけのことをしてきました。でも家族だけは・・・。」と言って一宮は涙を流した。
新士は(やはりな・・・。)と思った。
「協力とは具体的に何を考えている?」と新士は聞いた。
「トカゲは危険が迫るとすぐに尻尾を切って姿を消します。トカゲの頭までちゃんと潰すには順番があります。私はその唯一の方法を提案して、更にトカゲのメンバーに連絡を取っておびき出すこともできます。」と一宮は言った。
「最初に殺すのは誰だ?」と新士が聞くと、「ジンジとチョウタツの二人です。」と一宮は答えた。
新士は少し考えてから、「この電話を持っていろ。連絡する。」と言って、携帯電話を一宮の上着のポケットに入れると車を出た。
新士が車から出ると、一宮は「ハァーー。」と深い息をついてシートに沈み込んだ。
その後シート下の拳銃を確認すると、弾が全弾抜かれていた。
おそらくこの拳銃を取ろうとしたら殺されていたのだろうと、一宮は改めて煙という男にゾッとした。
☆☆☆
「やっぱり同じ日に二人っていうのはリスクが高すぎませんか?」と薫は聞いた。
「大丈夫です。万が一があっても、ちゃんと逃がさないように対策は打ってありますから。」と新士は答えた。
「いや、逃がす逃がさないの問題じゃなくて、新士さんがやられるリスクが高くないですかって話です。」と薫は困った顔で言った。
「大丈夫です。訓練してますから。」と新士は言った。
一宮の計画はこうだった。
一宮が現在接触中の顧客から、今売り出し中の『煙』を使うよう依頼があったと、一宮からカンリに連絡する。
カンリがOKを出せば、ジンジが煙に交渉のため接触しに来る。
チョウタツはセッケイが作る計画に沿って場所と武器を決めるため、その伝達と必要な武器を渡しに、こちらも煙に接触してくる。
ジンジとチョウタツがそれぞれ煙に接触しに来たところを始末する。
新士が「カンリはお前の話を信じるのか?」と聞くと、「顧客は失敗して自分の関与が発覚するのを異常なほど恐れているので、裏の世界で名の通った実績ある殺し屋を指定してくる事はよくある話ですし、私が交渉を始めた後にカンリが顧客と直接連絡を取ることは過去に一度もないので大丈夫でしょう。」と答えた。
「ジンジとチョウタツを始末すると、その時点でカンリとセッケイが姿を消す可能性は?」と新士は聞いた。
「私は顧客との交渉内容を伝えるためカンリに連絡できますが、他のメンバーはカンリに連絡すること自体が許されていません。メンバーにはカンリから毎週月曜日に、各々の仕事の進捗を聞くために連絡が入ります。ですので、ジンジとチョウタツが死んでも次の月曜日まではバレません。逆に言うと、ジンジとチョウタツを始末した後は、カンリを始末するまでのタイムリミットが最長1週間ということにもなります。」と一宮は答えた。
最後に一宮は、「私は二人を始末する現場の近くで丸腰で待機します。もし私の情報に間違いがあれば、作戦を中止して私を始末してください。」と言った。
新士が一宮の練った計画に乗ると薫に伝えたのは、昨晩だった。
新士は同じ日に二人とも始末する予定だとも薫に伝えた。
「二人とも武道の有段者でムキムキですよ?しかもジンジは仕事の依頼でしょっちゅう異常者と対峙してるし、気に食わない奴らは殺してます。チョウタツは武器のプロで、新しい武器が手に入ると試し切りで人を殺してます。ただの異常者連中とは訳が違うんです。」と薫は言った。
「まあ、落ち着いて。所詮は自分の手を汚さない素人です。薫さんは頼んだ調査を進めててください。今晩また話しましょう。」と言って、新士はスポーツバックを車に突っ込むと出かけて行った。
薫は両手を腰に当てて、困り顔で新士の白いセダンを見送った。
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