第十六話 未練

 新士と薫が手を組んで、トカゲの追跡調査を開始してから1か月が経った。


 「やはり、現在トカゲのメンバーで居場所が分かっていて接触可能なのは、エイギョウだけですね。」と薫は言った。

 「エイギョウが他のメンバーと会ったりすることは?」と新士が聞くと、「エイギョウはある程度他のメンバーの情報を持っていそうですが、私の調査した期間内に他のメンバーと接触した様子はありませんね。そもそもエイギョウはカンリ以外のメンバーと連絡を取ることもないようです。」と薫は答えた。


 「カンリとの連絡方法は?」と新士は聞いた。

 「電話連絡のみです。しかも電話番号がいくつもあるようなので、用件や内容によって電話番号を使い分けていると思われます。」と薫は答えた。

 「エイギョウを拉致して電話を掛けさせても、電話番号でカンリにはある程度の状況が伝わるということですか・・・。」と、新士は「フゥー」と天井を見上げながら腕組をして言った。


 「しかも、カンリは居場所を特定されるのを異常に警戒しているようで、電話での通話時間も極端に短いです。」と薫は言った。

 「通話時間が短くても場所の特定だけなら一瞬なので問題ないのでは?」と新士が聞くと、「場所の特定だけなら。でも、カンリは常に動き回ってるようなので、特定した場所に行った頃にはもうその場所には痕跡すら残ってない可能性が高いですね。」と薫が言った。

 「なるほど、何とか通話させた状態でその場所まで行って、更に隠れていると思われるカンリを見つけ出す必要があるという訳か・・・。」と言って新士は、(さて、どうしたもんかな・・・、一人だと限界があるな・・・。)と天井を見ながら考えを巡らせ、ある可能性を検討していた。


 (・・・可能性にかけてみるか。いや、逃がすともう見つからなくなるリスクが高すぎるか・・・。でも、試してみる価値はあるかもな・・・。)と、新士がブツブツと独り言を言っていると、薫が「罠の可能性もありますが、このエイギョウという男ですが、トカゲの中でも異質な存在のようです。」と言って、ある事実を新士に伝えた。


 「エイギョウの表の名前は一宮大輔(イチミヤダイスケ)です。一宮は10年前に離婚と同時にそれまで務めていた会社を辞めました。離婚後に小さな建築事務所を始めて、離婚した妻理絵(リエ)には、息子亮輔(リョウスケ)の十分な養育費を10年間欠かさず支払っています。」と薫は言った。

 「はい。その内容は薫さんの調査書で読みました。」と新士は言った。


 「実は、一宮は離婚後一度も妻と息子に会っていないんです。これには何か会えない理由があるのではないでしょうか?」と薫は言った。

 「それは例えば、家族に危害を加えないことを条件に、一宮はトカゲに協力している。とかですか?」と新士は聞いた。

 「可能性はあります。もちろんトカゲの手の込んだ罠の可能性もありますが。」と薫は答えた。

 新士は少し考えて、「直接見てみます。」と言った。


 ☆☆☆


 一宮大輔(エイギョウ)は、郊外のショッピングモールの立体駐車場に高級車を止め、車の中から元妻理絵と息子亮輔が駐車場からショッピングモール内に歩いて行くのを見ていた。

 理絵と亮輔は、週末の亮輔の部活動(野球)の練習が終わると、いつもこのショッピングモールに立ち寄り、買い物をして帰るのがお決まりのルートだった。

 一宮は理絵と亮輔がモール内に入るのを確認すると、高級車から出てモール内へ入っていった。


 一宮は慌てて二人を追わなくても、二人が最初に行く場所は分かっていた。

 一宮はスポーツ用品店の脇から、ピカピカの野球グローブを嬉しそうに触っている亮輔を見つけた。

 亮輔はグローブを10分ほど眺めたあと、理絵に「買って。」と冗談っぽく言った。

 理絵は「約束でしょ。次の誕生日まで待ってね。お母さんもそれまでにはお金貯めとくから。だから亮輔もお菓子はちょっと我慢するのよ。」と笑って言った。

 亮輔は後ろ髪を引かれつつ、何度もグローブを振り返りながらスポーツ用品店を後にした。

 一宮はその様子を見ながら、スーツの胸ポケットの財布をギュッと握りしめた。


 理絵は一宮からの仕送りにほとんど手を付けていなかった。

 離婚後は病院の受付のパートを始め、生活費の全てをその収入で賄っていた。

 

 一宮は二人がいなくなるとスポーツ用品店に入り、亮輔が触っていたグローブを愛おしそうに眺めた。

 グローブには1万8千円の値札が付いていた。

 新士が一宮の尾行をはじめてから、一宮は毎週このモールに来て同じ行動を繰り返している。

 一宮はショッピングモールを出ると再び高級車に乗り込み、自身が経営する建築事務所へ戻って行った。


 新士は駐車場から出て行く一宮の車を目で追いながら、薫に電話を掛けた。

 「『Dの1』で行きます。」と新士は言った。

 『D』は交渉、『1』はその手段を意味している。

 「分かりました。準備します。」と薫は行った。

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