第十五話 協力
山小屋に到着すると、新士は薫にコーヒーを淹れた。
薫がオドオドしていたので、新士は「毒は入ってませんよ。どうぞ座ってください。」と言ってソファーに掛けるよう勧めた。
「あの・・・、失礼ですが、煙さんは私を殺すつもりでしょうか?」と薫は聞いた。
新士が驚いた顔をすると、「殺してもいいんで、トカゲの情報だけは信じて使ってください!命がけで調べた真実です!」と薫は懇願した。
新士は笑いながら、「私は誰でも彼でも殺す訳ではありません。私の調べた限り、あなたは殺人者ではない。違いますか?」と聞いた。
薫は一気に緊張が溶けたようにソファーに座り込んだ。
新士は薫の向かいに座ると、薫がコーヒーを飲んで少し落ち着くのを待った。
「私の調べた結果、トカゲの顧客は政治家です。」と、薫はコーヒーカップを置いて話を始めた。
「顧客の政治家に依頼されて様々な種類の事件や事故を起こします。」と薫は言った。
新士が調べた内容とほぼ同じだったが、新士は敢えて「事件や事故を起こす理由は何ですか?」と聞いた。
「マスコミの目をその事故や事件に向けて、国民の関心を引き付けるためです。」と薫は答えた。
「なぜ?」と新士が聞くと、薫は「依頼主である政治家のスキャンダルを目立たなくしたり、政治活動を優位に進めるためです。」と答えた。
ここまでは新士の調べた内容と同じであったが、薫の調査にはその先があった。
「トカゲは五人で構成されています。」と薫は続けた。
「表に出てくるのは、『エイギョウ』、『ジンジ』、『チョウタツ』と呼ばれる三人です。あとは『セッケイ』と『カンリ』の二人ですが、残念ながら表に出てこないので写真はありません。」と薫は言った。
「えっ!?じゃあ、はじめの三人は写真があるんですか?!」と新士は驚いて聞いた。
「はい、先ほど自動送信されたメールにも添付してあります。」と薫は答えて続けた。
「エイギョウと呼ばれる男は、依頼主である政治家と接触して仕事と報酬の整合を取ります。この男だけは建築事務所経営者という表向きの仕事を持っていますが、他の四人は戸籍上存在していない人間です。ジンジと呼ばれる男は・・・」と、薫は五人についての情報を新士に伝えた。
その他の詳細情報も全て薫の部屋から回収したハードディスクに保存してあるという。
新士が情報料はいくらかと聞くと、「いりません。トカゲの壊滅に使ってください。」と薫は言った。
薫を空いている部屋に案内して休ませると、新士は自分の部屋のパソコンで薫のハードディスクの内容をチェックした。
エイギョウが仕事と報酬を客と整合し、セッケイが依頼に見合った事件・事故を計画する。
セッケイの計画に合わせてジンジが見合った人材を、チョウタツが必要な道具と場所を用意する。
カンリは最初に依頼を受け、エイギョウに客との折衝の指示を出し、セッケイの作った計画に基づいて他のメンバーに仕事を振り分けて進捗を確認する。
ファイルを見ながら、(カンリがボスか・・・。)と新士は呟いた。
トカゲの顧客である政治家の情報はつかめていなかったが、薫のハードディスクには、新士がトカゲの依頼で殺人を繰り返していた殺人犯を何人も葬ってそこから辿っても知り得なかった情報が大量に保管されていた。
新士はトカゲの情報を全て確認し終わると、引き出しから『カゲロウ』と書かれたファイルを取り出してページをパラパラとめくった。
調査屋カゲロウ、本名四河薫(25)。
大学一年の時に小塚に自宅を占拠され、両親と妹が殺害される。
当時の小塚の使った殺害手段は、新士の両親が殺された時とほぼ同じ。
殺害の様子はインターネットで流された。
大学近くのアパートに一人暮らしをしていた薫は助かったが、事件後全く犯人の手掛かりがつかめない警察の捜査方法に疑問を持った薫は、大学を中退し独自で調査をはじめる。
犯人が小塚であることと、トカゲの存在を確信した辺りで身の危険を感じ始めたが、警察に不信感を持っていた薫は、警察には頼らず過去を捨て、姿を変えて調査屋カゲロウとなって地下に潜った。
事件を調査する中で、新士の存在を知り、同時に既に小塚が新士に処理されたことも知った。
ファイルに挟まれた写真は、薫が高校生の時に新体操部の友達と一緒に取られたものだった。
目鼻立ちのはっきりした美人が友人と楽しそうに笑う姿は、将来の希望に満ち溢れている。
突然異常者に家族を奪われた悲しみと、自分の人生と引き換えに家族の仇を打とうと決意した時の薫の気持ちを、新士は痛いほど理解できた。
☆☆☆
次の日の朝、新士は薫が起きてくるとコーヒーを淹れて、朝食を勧めた。
テーブルにはトースト、目玉焼き、ハム、ヨーグルトが用意したあった。
新士はコーヒーを飲みながら、「資料を見せてもらいました。実は理解できないところがありました。」と、朝食を食べている薫に言った。
「どの部分ですか?」と、薫は手に持っていたヨーグルトとスプーンを置いて聞いた。
「あれだけの事を調査するには、相当な危険を犯さなくてはならないはずです。失礼ですが、あなたを見る限り自分の身を守りながらそれを成し遂げられるとは思えないんです。」と新士は言った。
「やはりそこですか・・・。おっしゃる通り、今まで何度も正体を見破られそうになったり、尾行されたこともありました。でも、その度に運よく危機が去って行ったり、尾行がなくなったりしていたんです。私はてっきり煙さんが助けてくれているんだと思ってたんです・・・。」と薫は言った。
(トカゲを追っていて、それを調査している人間を影で助ける人物・・・?その人物にとって彼女を助ける理由かメリットがあるのか・・・?まさか・・・。)と新士が考えていると、
「実は煙さんについても調べたんです。私と同じ境遇で、実行犯である小塚を処分してくれて、その後パニッシャーになられました。もしかすると、その技術を煙さんに教えて、トカゲを追って失踪された・・・」と薫が言ったところで、新士は薫の次の言葉を手で制した。
新士の中でも同じ人物が浮かんでいた。
薫がそこまで知っている事にも驚いたが、その先は口にしてしまうと夢物語になってしまいそうで、新士は話を止めずにはいられなかった。
新士は包み込まれるような安心感を全身に感じていた。
そんな暖かい気持ちになれたのは久しぶりだった。
夜空に見え隠れを繰り返していた小さな星が、少しだけ強い光を放ち始め、確かにそこに存在すると思えた瞬間だった。
「煙さん・・・?」と薫は心配そうに聞いた。
新士は顔を上げると、「一緒にトカゲをぶっ潰しましょう。手伝ってもらえますか?」と言った。
「えっ?!いいんですか?!」と薫は驚いて聞いた。
「よろしくお願いします。知っていると思いますが、改めまして五十嵐新士と言います。」と言って、新士は右手を差し出した。
「こちらこそよろしくお願いします。」と言って薫は両手を出し、しっかりと握手をした。
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