第十四話 尾行

 「この部屋に戻れなくなると、困ることはありますか?」と新士は聞いた。

 「えっ?!今私の部屋にいるんですか?!」と薫は聞き返した。

 「はい。あなたの部屋で、あなたを待ち伏せしていた男と一緒にいます。」と新士は答えた。


 薫は混乱しながらも、「ベッドの裏側に貼り付けてあるハードディスクを回収してもらえますか。後は大丈夫です。」と腹を括って言った。

 「最悪の場合、この男を死体に変えてここに放置していくことになりますが、この部屋からあなたが特定されることはありませんね?」と新士は聞いた。

 「・・・それはありません。大丈夫です。」と、薫は死体という言葉を聞いたからか、少し緊張した様子で答えた。


 先ほど目を覚ました帽子に髭面の男は、自分が死体になるかも知れないという話を聞いて、粘着テープの奥で涙声で何やらうめいていた。

 「それでは、15分後にまた掛けます。必要なものは持って、ホームセンターの中を歩いて尾行されているか確認しておいてください。」と言って新士は通話を切った。


 ☆☆☆


 ヘッドセットを付けたまま薫がホームセンターの中を歩いていると、「お待たせしました。尾行されてますか?」と新士から連絡があった。

 「多分ですが、駐車場の黒いSUVに尾行されていると思います。男性2名です。店内には入らず、車の中で駐車場の私の車を監視しているようです。」と薫は答えた。

 (いい観察眼だ。)と新士は思った。


 新士はホームセンターの裏側の路地に車を止めると、歩いてホームセンターの駐車場へ行き黒いSUVのナンバーと乗っている男二人の様子を確認した。

 そのままホームセンターに入ると薫を見つけ、しばらく遠巻きから薫を尾行する人間がいないか観察した。


 「店内には尾行はいないようですね。従業員用の裏口から出て、ホームセンター裏に止めてある白い車の後部座席に乗って毛布を被っていてください。」と新士がヘッドセットで言った。

 「従業員用の裏口ですか?!」と薫が驚いて聞いたが、新士はそれには答えず、薫の後を追う人間がいないか確認したあと、新士は店の正面から出た。

 店を出ると黒いSUVに乗った男がこちらを見たが、新士は無視して駐車場を出ると、店の裏の路地に止めた車に向かった。


 新士が車に乗ると、薫は後部座席に伏せて毛布を被っていた。

 新士は何も言わずに車を発進させた。

 薫も何も言わなかった。


 車が山道に入ると、「もういいですよ。」と新士は薫に声を掛けた。

 薫は被っていた毛布をたたんで隣の席に置くと、恐る恐る新士に聞いた。

 「あの、・・・私は殺されるところだったんでしょうか。」

 「はい。待ち伏せしていた男は、過去に殺人未遂を起こして刑務所に入っていたそうです。日雇い仕事の斡旋所で声を掛けられ、今回の殺人を依頼されたそうです。依頼したのは多分黒いSUVの二人組ですが、あの二人もまた、殺しの斡旋とあなたの尾行を依頼されただけでしょう。」と新士は答えた。


 「トカゲ・・・ですか?」と薫は聞いた。

 「おそらく。あの男からはほとんど情報は取れませんでした。黒いSUVの二人を締めあげても結果は同じでしょう。」と新士は答えた。

 薫は待ち伏せしていた男をどうしたのかと聞きたかったが、少し考えて、その質問はやめておいた。

 新士もそれについては話さなかった。


 時計が10時を指したとき、新士の携帯にメールが入った。

 薫からのメールだったので、これは何かと新士が聞いた。

 「毎日夜の10時にメールを自動送信するよう設定してあったんですが、いつもは10時までに私が送信解除していたんです。トカゲに関する情報です。」と薫は言った。

 「あなたに万が一の事態が発生して送信解除できないときは、メールが自動的に私に届くようにしてあった。という事ですか?」と新士は確認した。

 「はい。今日はこんな事があって解除できませんでしたので。」と薫は答えた。

 

 新士はバックミラーでチラリと薫の顔を見た。

 新士が入手した薫の写真とは印象が随分変わっている。

 写真の薫は、パッチリとした二重瞼に鼻筋の通ったはっきりした顔立ちだったが、今後部座席に座る薫本人は、一重瞼で鼻は少し低くなり、大人しい顔立ちをしている。

 身を隠すための整形と、身に危険が迫った時の情報展開設定。

 新士は、薫のトカゲという組織に対する覚悟を感じた。

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