第十二話 陽炎

 「今回は長旅でしたね。疲れたでしょう?」と車さんが新士に声を掛けたのは、更生丸が5日ぶりに帰港する日の朝だった。

 「団体客は初めてだったので、細かい計画変更が多くなるというのが経験できて勉強になりました。車さんも対応ありがとうございました。」と新士は礼を言った。


 「彼らは反省してから逝ったんでしょうか?」と車さんは聞いた。

 「さあ、どうでしょうね。元々そこには期待していませんし、仕事中は感情をオフにしてるので、その辺りの心情には鈍感になるんです。」と、新士は間もなく到着する港を見ながら答えた。

 車さんは「感情をオフにですか・・・。」と言って、一体どんな辛い経験をして、それを乗り越えるためにどれだけ訓練積めばそんなことができるのだろう?と新士の横顔を見ながら思った。


 ☆☆☆


 新士は双眼鏡で白いシャツに赤い帽子の女を確認すると、ファイルを見ながら電話を掛けた。

 女は電話に出ると、「煙さんですか?」と聞いた。

 「そう呼ばれています。」と新士は答えてから、「今日は依頼した調査報告ではなく、別に聞きたいことがあります。四河薫(ヨツカワカオル)さん。」と言った。


 赤い帽子の女が、「もう私の名前まで知ってるんですね。」と困り声で言った。

 「そちらの質問には一切答えず、こちらの質問に『はい』か『いいえ』だけで答えてもらいます。それでも良ければ正面のベンチに置いてある紙袋からヘッドセットを取って装着してください。」と言って新士は電話を切った。


 赤い帽子の女、薫は躊躇することなくベンチに向かうと、すぐに紙袋からヘッドセットを取り出して装着した。

 「ありがとうございます。質問を始める前に一つ言っておきます。質問に対して嘘や回答拒否があると、私はあなたをターゲットと設定する可能性がありますので、注意して回答してください。」と新士が言うと、「・・・分かりました。問題ありません。」と薫は少し考えてから言った。


 「あなたのご家族は、5年前に異常者によって殺害されていますね?」と新士は聞いた。

 薫は辛そうに「・・・はい。」と答えた。

 「その犯人は警察には捕まらず、あなたは大学を中退してずっとその犯人を追い続け、小塚という男が犯人であることを突き止めた。」と新士が言うと、薫は「はい。」と答えた。

 「しかし、小塚は既にあるパニッシャーによって処理されていた。」

 「はい。」

 「あなたはその後カゲロウという名前で調査屋になり、小塚を使っていたトカゲという組織のことを知り、今もトカゲを追い続けている。」

 「はい。」

 「あなたは、小塚を処理したパニッシャーが私だと思っていて、私と組んでトカゲを壊滅させようと思っている。」

 「はい。」と薫が答えると、新士は「質問は以上です。何か付け加えることがありますか?」と聞いた。


 薫は、「煙さんが言ったことは全て事実です。それで、私の持っている情報を受け取ってトカゲを一緒に壊滅させませんか?」と聞いた。

 新士は、「あなたのやっていることは自殺行為です。調べれば調べるほど、あなた自身の首が締まっていることに気付いてるはずだ。直ぐに私とトカゲについて調べた内容を処分して、身を隠してください。」と言って通信を切ろうとした。

 薫は慌てて「煙さんについて調べたデータは全て処分してあります!煙さんだってご両親の本当の仇は、小塚じゃなくトカゲだと思ってるんじゃないですか?!」と言ったが、通信は既に切れていた。


 新士は双眼鏡をしまうと、肉眼でベンチに座ったままの薫を見ながら「・・・さて、どうしたものか・・・。」と呟いた。

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