第九話 蜜蜂
駐車場にはヤマト旅館と書かれ、法被を着てお辞儀をしているウサギとカメがペイントされたバンが駐車してあった。
その横では、スライドドアを開けて新士と同じ法被を来た車さんが笑顔で待っていた。
車さんは「おや?」と言って、「五十嵐さん、お客様は四名様では?」と聞いた。
「はぁ、またかよ。おっちゃんいいから出発してよ。」とリョウが言った。
新士が事情を説明すると、車さんは「失礼致しました。それではご案内致します。」と言ってバンを発進させた。
バンが出発すると、新士は車内の冷蔵庫から凍らせたグラスを取り出し三人に渡して、ビールを注いで回った。
グラス内で凍っていた水滴がビールで溶かされ、汗をビッショリかいたグラスが、より一層ビールを美味しそうに演出した。
「兄さん、この旅館は至れり尽くせりだな。」とご満悦の様子で裕也が言い、三人は下品な大声で乾杯して盛り上がっていたが、3分後には誰も喋らなくなり、5分後にはグラスを車内のフロアマットに落として全員寝てしまった。
青い髪のマサは、白目をむいていた。
それを見て、「ちょっと薬の量が多かったかな。」と新士は呟いた。
☆☆☆
きっかり30分後に新士がもう一度駅の土産屋に戻ると、予想通り美代の姿はなかった。
先ほど美代から聞いた電話番号にかけると、「遅せーよ。」と美代が舌打ちしながら言った。
どう育ったら初対面の人間にそんな言葉使いができるのだろう?と新士は思いながら、「お待たせして大変申し訳ありません。今はどちらにいらっしゃいますか?」と丁寧に聞いた。
美代は駅構内の喫茶店でアイスコーヒーを飲んでおり、新士は喫茶店の前で10分ほど待たされた。
喫茶店から出て来た美代は、不機嫌そうに無言でお土産袋を新士に突き出して持たせると、「どっちよ?」と言って、新士が示した方向へスタスタと一人で歩いて行ってしまった。
駐車場に着き、バンの中で三人が眠っているのを見ると、「ちょっと、みんな何寝てんのよ?」と三人に話しかけた。
新士は美代に続いて車内に入り、スライドドアを閉めると、「あっ!お客様、動かないでください!スカートにミツバチが絡まっています。今取りますので。」と後ろから声を掛けた。
「えーっ!ちょっと早く取ってよ。刺されたら大変じゃない!」と美代は驚いて言った。
「大丈夫ですよ、ミツバチですから、この辺りは多いんです。刺されてもちょっと腫れる程度のかわいいものですから。」と、新士は手に持った注射器の目盛をカチカチと回しながら言った。
目盛をカチカチと『1.5』のところまで回すと、注射器の先端から1cmほどの細い針が現れた。
新士は「動かないでくださいね・・・。」と言いながら、美代のブヨブヨしたお尻に針を刺した。
「痛っ!ちょっと刺されたんだけど!!」と、美代は大層ご立腹でグチグチ言っていたが、新士が「すいません。でも、ミツバチですから、今念のため虫刺されを準備しますので。」と助手席に移って救急箱をガサガサしている間に、白目をむいて大人しくなっていた。
「あれ、また薬が多かったかな・・・。体が大きくても女性は目盛『1.2』で十分だったかな?」と新士はブツブツ言いながら、ポケットから携帯を取り出して『トレインズ勝利!』とグループメールを送信した。
☆☆☆
更生丸のデッキで新士がコーヒーを飲んでいると、船長がいつものマグカップをスプーンで掻きまぜながら近寄って来て言った。
「トカゲの尻尾はつかめそうかい?」
「いや、色々調べてますが、つかんだ尻尾はすぐに切られて、そこから辿れなくなります。」と新士は答えた。
「今回の団体さんはトカゲとは何か関係はありそうなのかい?」と船長は聞いた。
「後で直接体に聞いてみますが、おそらく関係してないでしょうね。」と新士は言った。
船長は新士の残念そうな様子を見て、「ちょっと小耳に挟んだだけだから話半分で聞いてほしんだが、『カゲロウ』っていう調査屋もトカゲの尻尾を追ってるらしい。」と言った。
トカゲを追っている調査屋がいるとは新士も聞いたことがあったが、カゲロウと言う名を聞いたのは初めてだった。
「罠の可能性もあるから、判断は任せるよ。」と船長は付け加えて言った。
「ありがとうございます。早速調べてみます。」と新士は礼を言った。
その後、船長と喜朗おじさんの話をしていると、「新士さん、全員が目を覚ましましたよ。」と車さんが呼びに来てくれた。
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