君は大きい……



『このまま、型に押し込められては逃げられない。頼む、やめてくれ。もう終わりにしたいのだ』

「どういう意味なの……」


 姿を変えていくモノに、教授は畏敬いけいの念を覚えた。


『あなたの意識が俺を作っている。強い意識が、ダイダラボッチへの感情そのものが』

「ダイダラボッチではないのか? 違うのか?」

『だから、頼んでいる。俺を解放してくれ。もう人の気まぐれに関わりたくないのだ』

 

 巨人はそこにいた。どんどん大きくなり、その場を圧倒しはじめた。これは幻影なのか。


 巨人の声は悲痛を通りこして、死に直面した者の叫び声に変化した。


『た、助けてくれ……。頼む』

「どうしたらいい」

『意識を、ほんのちょっとらすだけでいい』


 形が定まっていく。その姿は圧倒的で、さらに存在感を増していく。

 ダイラボッチ以外になんと呼べようか。


 顔には表情さえもあらわれた。悲痛な感情をたたえる大きな顔。

 懇願こんがんするような目で彼女を見るダイダラボッチ。


「お前のことを、教えてくれ」

『それで解放してくれるのなら、いいだろう』

「約束しよう。お前はダイダラボッチなのか」

『そうだ。そうとも言える。何億年も昔から自然に存在してきた。人が望み、自然が作り、俺を形にする。人が破壊し、俺は消えようとしている。あなたの強い思念が太古からある俺という存在をよみがえらせる』

「私のせいだと言うのか」

『頼む、もう時間がない』


 そこには日本を作ったという創造神の姿はなかった。

 恐怖におびえる神だ。


 ため息が漏れる。


 ——もういい。これで満足だ。


 老教授は視線を外して猫を呼んだ。

『感謝する』という声が聞こえた。


「最後に教えてくれ。伝説の巨人なのか」

『やめろ、俺を捉えるな』

「わかったから、教えてくれ」

『そうだ。古代から俺を発見したものは、そう呼ぶ。単なる意識が作り出した想像物でしかないのにだ』

「では、なんなのだ、お前は」

『無……』


 教授は再び猫を呼んだ。軒下から、老猫がそうっと出て来た。


 鈴虫の音が再び周囲を満たす。

 もう、そこには何もいない。


 ダイダラボッチは実在した。たとえ、それが本物ではないとアレが言ったとしても、ある意識の存在が具現化ぐげんかしただけとしても。


——このささやかな人生、もう思い残すことはないな。

 ダイダラボッチよ、長いつきあいだった。だから、今はただ、われらの人生に喝采かっさいを贈ろう、老いぼれた私とお前に……、ありがとう。


 彼女の膝で、老猫は気持ち良さそうに寝息をたてていた。


              (了)

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この人生に喝采を 雨 杜和(あめ とわ) @amelish

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