後編
浴衣姿の女はかなり背が高く、すらっと痩せていて足が長い。夜目にも白く細い足首が美しい。
小柄だったゆうりちゃんのイメージではないはずなのに何故似て見えるんだろうと、不思議だった。唯一、考えられる原因は、濃くきりっとした眉とその下の黒目がちな眼だろうか。通り過ぎる時にちらっと見た横顔は清楚で、もし万が一、ゆうりちゃんが生きていて、本人だとしたら、あの頃からイメージは変わっていないという事になる。何だかうれしかった。
やがて自宅のアパートの前に着いたが、章吾はこのまま、浴衣の女の跡を追いかけてみたくなった。思い切って追いかけてみると、先の道は街灯がほとんど灯ってなく、どんどん暗い方へ進んでいくように思えた。
かと思うと今度は、進んでいく方角から何だか民族音楽のようなメロディーが聞こえてくる。そして次第に進んでいく方角に灯りが見えてきて、少しずつ周囲が明るくなってきた。
突然視界が開け、照明で照らされた公園が現れた。そう言えば近くに公園があったのを思い出した。でもしょぼい公園で、夏は草はボウボウだし、遊具は鉄棒と滑り台だけで子どもの姿なんか見た事がない。
でも今、目の前にある公園には
――これはあれだ。盆踊りってやつだ――
章吾も一度だけ地元で親戚の家を訪れた際に参加した事がある。大して楽しかった記憶はない。でも今、ここで踊っている浴衣を着た人達を見ると何だか心が和む。というよりたまらなく懐かしい気持ちになってくる。ホームシックのようなものかと首を捻った。
誰しもすごく楽しそうに踊っているというわけでもなく、何だか少し物悲しげなような。
――これが盆踊りという風習なのか? 友人達や大家さんが言ってたっけ、風習って大事だって。――
ゆうりちゃんに似ていると思った浴衣の若い女性は、この公園で今は、幼稚園児位の女の子の相手をしている。あれは妹なんだろうか? 盆踊りを踊れない子に教えているのか?
そんな光景を見ているうち、うっすら目に涙が滲んできた。
――ああ、いいな、盆踊りって。なんだ、この気持ち――
ゆうりちゃんに似た女の人は、側の女の子とソーダ色のアイスキャンデーを食べている。いつ買ったんだろうと考えていると、どうやらこのイベントに参加した人には、アイスキャンデーが配られるらしい。章吾の手にも握らされた。なめてみると甘い。
ふと空を見上げると、空もアイスキャンデーの色に似ている。夏が終わりかけた頃の空ってこんなだったかな。
ここに出来るだけ長くいたいと願っていながら、気が付くと人の数は減っている。何だ、盆踊りのイベントにも、もう終わりが近づいているのかと寂しく感じていると、緑色の空がだんだん暗くなってきた。緑色の空は上だけじゃなく、横にもあるような変な感じがした。
違和感を感じて、外灯を探すが、見つからない。そして公園の外にも出られない。ゆうりちゃんに似たあの女性は悲しげな表情で立ち尽くしている。
――もしかして閉じ込められた?――
そんな絶望感で緑色の空の下に立ち尽くしていた。
「誰か! 助けてくれ! ここから出してくれ!」
すると次の瞬間、いきなり明るい朝の光の下に場面は変わった。
アパートの入り口に続く石の階段で、座り込んでいる自分に気がついた。目の前には大家さんの姿。
「章クン、酔っ払ってこんなとこで寝たりしちゃ風邪ひくよ。夏ったって立秋、過ぎてるし」
「え? じゃあ今の夢だったんですか? 盆踊りは?」
「は? 何言ってんだか。変な子だね。昨日は盆になんか興味なさそうだったのに。大体、今年の盆踊りはコロナで中止だよ」
大家さんの手には緑色の網の箱があった。
「あ。これ、大収穫だったよ」
章吾は自分の手に一本のアイスキャンデーの棒が握られている事に気が付いた。
――これは昨日の夜のだ。じゃあオレはやっぱり……――
呆然としながら気が付いた。
――あの緑色の箱の中に閉じ込められてたんだ。昨夜あそこにいたのは亡くなった蚊達だ。亡くなるもの達も儀式をするんだ――
そんな思いの中で、ここ十年、考えるのを拒否していた事に思い至った。
――死の世界はあった。ゆうりちゃんも、やっぱその世界にいるんだよな。そして自分もいつか。
平静で、怖さはなかった。だから次にこう心の中で
――秋になったらゆうりちゃんの好きな花、桔梗を持って今度こそお参りに行こう、生まれ育ったあの町へ――
懐かしい夜 秋色 @autumn-hue
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