第6話
──そして、その明日。
「チヅ子さん。貴女には本当にがっかりだ」
確かにこう何度も失敗が続けば流石の積極的肯定派である福田博士も落胆するだろう。
「やはり貴女は嘘をついていた」
「何を今さら。最初から言ってたではありませんか」
「……あの人体分離術、超回復術、それに物質自在変質術、どれもこれも嘘だったんですね!」
「ああ、そっちですか」
「私を揶揄うもいい加減にしてください! あれは目の錯覚を使った子供だましの手品の類だ! 私の甥っ子が自慢げに披露してくれましたよ!」
「ああ、それは愉快な甥っ子さんですね」
「そろそろ本気を出してもらいます。今回から少し検証方法を変更してみます。そもそもあればダメだった。私の字があまりにも汚いから読めるものも読めないのは当然のことでした」
「確かに先生の文字は汚すぎます。本物の千里眼の持ち主でもあれは読めなかったでしょうね」
「ということで、こういうものを用意しました」
福田博士は懐から一枚の紙きれを取り出す。
「……精巧な絵ですね。あ、いや、写真ですか?」
「はい、写真です。私は字が汚ければ、絵も書けないので、写真です」
「それをどうされるのですか?」
「やり方としてはこれまでと同じです。これを小箱に入れてどのような風景の写真なのか千里眼を使って当ててもらいます。文字を当てることよりも難易度がぐっと上がって、検証結果の信用度も相乗的にあがるでしょう」
「そうですか、まあ、何をやっても無駄だと思いますが」
「小言を言わない! 写真はいくらでもあります。私の叔父が技師ですからな。さあ、始めますよ!」
福田博士は懐からまた別の写真を取り出し小箱へそれを入れた。
小箱を私の目の前に置いて、「さあどうぞ」と手をかざす。
ただそんなことをされても私に何が出来ると言うのか。
「分かるわけないでしょう」
「諦めてはダメです! 諦めてしまえばそこで検証は終わってしまいます!」
「随分前から私は諦めていますが」
「かつては貴女も千里眼を持っていると信じていたでしょう? その時を思い出して、その時と同じようにしてみるのです!」
「そう言われましても……」
私は目の前の小箱を凝視した。凝視して小箱に穴が空くのではないかというくらい凝視した。それで小箱に穴が空いたらどれほど気が楽なことか。ただ見続けたところで何も浮かばない。浮かばなさ過ぎて頭が真っ白になった。
「やはりダメです。真っ白、何も思い浮かびません」
「ふう、仕方ありません。次に行きましょう。ちなみに今の答えは私が京都に観光へ行ったときの写真です。丸刈りの小僧が私で……」
言葉も途中で福田博士の動きが止まった。
「どうかなさいましたか?」
「真っ白だ」
「はい?」
「いや、間違いなく私は京都の写真をいれた。でも……、これを見てください」
「……真っ白」
「でしょう? チヅ子さんはこれを視て言い当てたのか? いや、違う。これはきちんと現像されていた写真だった。だが蓋を開けたとたんに変質した。つまりこれは……?」
「先生、どうしたのですか?」
「チヅ子さん。もう一度検証を行います」
「はあ」
「ただし今回は風景を当てる必要はありません。強く念じるのです。そうだな、文字! 文字で構いません。ええっと、『光』、これでいきましょう! 光という文字を強く頭の中で念じてください!」
「はあ、まあ、とりあえずやってみますが……」
福田博士の言う通りに私は「光」の文字を思い浮かべた。
光、光、光、光、光、光、光───
光という文字を頭に思い浮かべ過ぎたのか、これが本当に光という文字か分からないくらいに私は念じた。
「どうでしょう?」
「はい、ありがとうございます」
「ところで先生、これで何があるというのですか?」
「これは私の推論ですが、おそらくチヅ子さんは頭の中の想像を強く念じる事でこの写真版に投影することができる」
「……ふっ、そんなまさか」
「ですが、先ほどの写真はどう説明すればいいのですか? 先ほどチヅ子さんは真っ白だったと言っていた。そしたらその通り写真は真っ白に焼き付けられていた」
「写真版の薬品が小箱にいれて変質したとこではないですか?」
「先ほどの写真は私が子供の頃の写真です。写真の薬品が今のこの瞬間に変質するとは考えられません」
「ではきっと別の理由が」
「まあ、とにかく今のこの検証結果を見てみましょう。それで答えが分かるはずだ」
福田博士は小箱から写真を取り出す。
「え? えええっ!? そ、そそそ、そんな! 嘘だろう!」
「どうですか?」
「見てくださいチヅ子さん! ほら、この通り! この写真にはこのとおり『光』という文字が焼き付けられています!」
「光?」
「そうです! やはりそうだった! これは新たな発見です! やはりチヅ子さんは素晴らしい才能のお持ちの方だ! これは新たな神通力が発現したのです! 頭の中の想像を念じて飛ばし写真版に焼き写す、そう、いうなればこれは『念写』! やはり貴女の神通力は本物だったんだ!」
「念写……」
「そう、念写です! 新たな神通力ですよ! いや、神通力という呼び名も古い。もっと違う言い方が必要でしょう! ……そうだ、除け者、いや、異端者である我々が自己を確立するために見出した能力、『異能』! ……は、ちょっと安直すぎるかもしれません。これは保留してまた考え直します」
舞い上がる福田博士の手元の写真には、「光」という文字は浮かんでいない。ただ微かに光とも読めなくはないけど、とにかく汚すぎて判別できない文字が浮かんでいた。それは明らかに福田博士の筆跡だった。
「先生は大ウソつきのペテン師ですね」
「は? な、ななな、何を仰っているので?」
「いいえ、ただやはり先生と私は似た者同士なんだと」
「な、何をまた!」
「……お忘れください。とにかく念写、これは凄い能力です。私もなんとなーく、そんな力があるような気がしていました」
「やはりそうですか! そうですその力は本物の神通力です! おそらく貴女は千里眼よりもこっちの念写の方が得意だったのでしょう。だから千里眼は失敗が続いていた」
「そうですね、そうかもしれません」
「それでは検証を続けましょう。次回はいつごろがよろしいでしょうか?」
「何をまた、先生がそれを私に聞きますか?」
「そうですね、それはそうでした」
「お暑いでしょうから冷たいお茶でも用意しておきます」
「そういえば、一度もお茶をだしてもらったことがない」
「だって出す気がありませんでしたもの」
「つまりその心境の変化とは、少しは私に打ち解けてくれたということでしょうか?」
「まあ、そんなところです。それでは、今日はこの辺りで」
「そうですね。そろそろお暇しましょう」
「それでは、また明日」
「ええ、また明日」
それでは、また明日。 そのいち @sonoichi
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