第5話


 ──そして、来るなと言っても来てしまう、その明日。



「朝!」


「違います」


「花!」


「違います」


「森!」


「違います」


「空!」


「違います」



 いつも通りにいつもの時間に強引に押しかけて来た福田博士は、千里眼の検証と私に課題を押し付けて来た。手法としては、紙切れに文字を書いて、それを小箱に入れて、千里眼でそれを読み解く。という簡単なものだった。



「どうやら本日は調子が悪いみたいですね。まあ、そんな時もありますよ、答えは『川』です」



 福田博士は小箱から紙切れを取り出しそれを私に見せつける。



「川? それが川ですか? もしかして英字で書かれていたのですか? それだと仮に私に千里眼の力があったとしても読み取れませんよ」


「英字? いえいえ、これは漢字です。──ほら、カ・ワ、ね? 川でしょう?」



 棒を三つ並べただけの単純明快な文字であるはずなのに、それすらも判別できない程に福田博士は悪筆だった。



「ささ、チヅ子さん。気を取り直して検証を続けましょう。きっといつかは的中するはずです」


「確かにそう何度も続けていたら、きっといつかは的中はするでしょう」


「そしてその時我々は実感するのです。ああ、やはり千里眼の神通力は本物だった、と!」


「それは先生だけです。私に千里眼なんてありません」


「また、チヅ子さん。貴女は自信がないだけです。ご自身に嘘をついてはいけません。貴女は本物だ。本物なんだ。やればできる! できればやれる! さあ、頑張りましょう!」


「いええ、今日は疲れました。この辺で終わりにしませんか?」


「ふむ、それは仕方ありませんな。それでは、次回はまた明日にでも」


「少しお休みをいただけませんか?」


「何を仰いますか、我々にそんな時間はありません!」


「その、千里眼は繊細な力で……」


「それでは、また明日!」



 こうして、私には力が無いにも関わらず、福田博士の検証と称した猛特訓が続いた。連日、連日、雨の日も風の日も雪の日も嵐の日だって、明日になれば福田博士は性懲りも無く押しかけてくる。



「それでは、また明日」


 ──そして、その明日。


「それでは、また明日!」


 ──そして、その明日。


「それでは、また明日!!」


 ──そして、その明日。


「それでは、また明日ああっ!!!」


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