第3話 集いしドッジ戦士・チームガイア


 地球人代表VSベイダー代表の結果がこうなることは見えていた、と今年十九歳になるジャージ姿の男、皆口弾次は蕎麦屋から安アパートへの帰路につきながら思考する。


 紳士的宇宙人を標榜するベイダーの真の目的は、公開された試合を通じて地球人サイドの心を折り、反抗する意思を失わせること。


 戦争で勝利するのは容易いが、それでは、遺恨が生じて後々の統治の障害となる。人類総奴隷化計画を目標にするのならばまずは『合法的』に地球人を貶める屈服させることが必要。


「……わからせってやつだ」


 呟く弾次。

 エロ漫画を沢山読んできた彼にはわかる。地球は今、ドッジボールを通じてベイダーにレイプされていると。


「くそっ! よりにもよって、よりにもよってドッジボールを使って!」


 いつしか弾次の頬に大粒の涙が流れる。


 ドッジボール。それは弾次の青春の象徴。

 勉強もできず毎日少年漫画を読みふけるだけの彼が、少年時代唯一輝けたのは小学校の『普通』のドッジボールの時間だけ。

 金持ちの家の大村もクラス一勉強ができる山下も、いじめっ子の沢田ですらドッジボールとなると弾次に屈した。弾次はドッジボールの天才だった。


 もし2022年にコロナの極大流行がなければ、弾次はドッジボールの全国大会で優勝できたかもしれない。


 その無念が弾次を狂わせ、努力から遠ざけ、ついにはニートに貶めた。


 自分の運命が悔しくて、悔しくて、今の地球代表の不甲斐なさも口惜しくて、弾次は無念の呟きをする。


「俺が地球代表の監督をすれば……そして最強の能力を持つ選手がいればベイダーの科学力相手にも勝てるのに……!」

「例えばどんな選手がいれば勝てるの?」

「そうだな……まずは超人的移動力や回避能力、パス回しができる外野の天才や、絶対に狙ったボールを外さない奴が欲しい。あとは運も必要だが……!」


 自分が虚空に向けて話しているのに気付き、弾次ははっとする。


「一体俺は誰と話していたんだ。くそっ、ついに幻聴まで聞こえるようになっちまった。精神科にデパスの追加処方をしてもらいに行かないとな」



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 ガイア理論。

 地球と生物は互いに互いを高めあう共生の一段階上、恒常性の作用を持つ。

 地球はベイダーによる侵略を望んでいない。

 腹を痛めて産んだ我が子・人類の粗相なら多少は許しもするが、侵略者は受け入れられない。

 地球の悲鳴が、大いなる深淵の意思が、今時代を超えて伝説の戦士たちを呼び覚ます。


 蘇れ甦れ。


 地球の記憶に保存されし、太古から連なる英雄たちよ、小学生として黄泉より帰れ。

 今こそドッジ戦士となり地球の守護者となれ。


 やがて地球の導きの声に唱和するように、十二の影が児童の形を取り始める。


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 ピンポーン、とアパートのインターホンが響く。

 やがてピンポーンピンポーンと連打。


「朝っぱらから誰だ?」


 昨日と変わらぬジャージ姿のまま目を覚ました弾次が機嫌悪くドアを開くと、外にはずらりと一団の子供たちが立ち並んでいた。


「君たち……ここは学校じゃないぞ」


 疑問に思いつつ弾次がたしなめると、子供……小学校高学年程度の、左目に眼帯をした少年が一人前に進み出る。


「弾次殿であるな? 」

「殿って……、君は一体誰だい? 」


「吾輩は伊賀忍者の棟梁、上忍三家が一つ百地家が当主・百地丹波 ももちたんばである。此度はガイアの意思により、ベイダーと戦うためアカシックレコードの記録より蘇り、ドッジ戦士となるべく小学生として転生して参った次第」


 昨夜デパスを飲み過ぎた。副作用が起きたらしい。


 確信して玄関の扉をそっ閉じようとする弾次に、一団をかき分けて、目鼻立ちの整った、いや整いすぎて目の覚めるような一人の着物姿の美少女……いや、小学生、が懸命に声をかける。


「お願いです、弾次さん。私たちの話をどうか真面目に聞いてください! 私たちは本物の転生者。あなたが望んだ最強の能力を持つドッジボール選手です! 私たち総勢十二人にあなたが加われば、地球をベイダーから守れるんです!」


「俺が……ベイダーから地球を守る? 一介のニートである俺がドッジボールで地球を守るだって?」


「冗談を言っているのではありません。少しお時間をいただければ、私たちの力を証明できます。ドッジ戦士として生まれ変わった英雄である私たちの力を!」


 今にも泣きだしそうな美少女の言に、さしもの弾次も心を少し開いた。

 転生者云々の与太はさておき、本当に優れたドッジボールの選手が自分の元を訪れているのだとしたら……。


 もし自分の才覚でベイダーを撃退するチャンスが与えられているのなら……。


「わかった。近所に河原があるからそこで君たちの力を試そう」


 それから約一時間後……。

 弾次は奇跡の目撃者となる。


「スポーツ庁長官、次の親善試合までにどうにかして地球側を一勝させ、民の士気を上げねばならんのだ! なんとかならんのか!」


 大統領は疲労しきった表情でスポーツ庁長官に訴える。無理は承知の上だ。

『地獄の三分間』と呼ばれる前回の親善試合で、地球代表の選手児童は全員が一矢も報いることなく殺害された。


 殺害、いや虐殺。


 ベイダーの誇る科学技術が生み出したドッジ殺人兵器群の前に、控えで許可されている最大数の二十人の選手も含めて全員が殺されたのである。要した時間はわずか三分に満たない。


 人類は戦慄した。ベイダーに勝てるはずがないと。

 すでにいくつかの地域ではベイダーに対する帰順を宣言する都市が現れており、次の親善試合で同様の虐殺が行われれば、人類は完全にベイダーに反抗する気力を失って降伏するだろう。


 たかがドッジボール、されどドッジボール。


 互いの種としての力量差を披露する場となったエクストリームドッジボールの試合に、もはや敗北は許されない。

 大統領の再三の訴えに、スポーツ庁長官は誠に申し訳なさそうに答える。


「殺されるのがわかっているとなると無為に児童を選出するわけにもいかず、かといって負けるとわかっている弱い児童を用いるわけにもいかず、甚だ困っている次第であります。報奨を設けて有志の団体を募っておりますが……命知らずは世の中におらず……」


 冷や汗を流すスポーツ庁長官の手元の回線が鳴る。


「はい、私だ。なに、有志団体が親善試合への参加を申し出ただと?」


監督・皆口弾次。

選手一覧

 百地丹波。

 針ヶ谷夕雲 はりがやせきうん

 ジョン・フォン・ノイマン。

 アルセーヌ・ルパン。

 シャーロック・ホームズ。

 ドラキュラ伯爵。

 エド・ウッド。

 メルクリウス。

 ザミエル。

 バルバロス・ハイレッディン。

 台与。

 ジャン・アンリ・ファーブル。

 

 以上、監督一名・選手十二名。控え枠二十人。

 称して『チームガイア』の参戦である。

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