第2話 小学生公開処刑
「市民の皆さまへ地球連合政府から広報の時間です。春は秋と並ぶ運動の季節です。特に子供はスポーツをしましょう! エクストリームドッジボールに励みましょう! 産めよ増やせよの時代は終わりです。減らせよ殺せよドッジボール! さあ皆でドッジボールをしましょう!」
政府の広報車両が発するアナウンスを聞くと、雑踏を通りすがっていた人々は陰鬱そうな表情で舌打ちする。
すべての人間が狂気を受け入れられるわけではない。
だが政府に温情を求めていた反ドッジボール団体の構成員も多くはテロリストとして逮捕され、現状に文句を言える者は存在しないのだ。
と、人々が歩みを止める。無論、広報車両の音声を聞くためではない。
突如として雲もない晴天の空を、大きな影が覆ったからである。
空に浮かぶ巨大な円盤状の物体。
「UFОだ!」
誰ともなく叫びが上がる。円盤が怪音を発しながら回転すると、続いて次々と、無数の円盤が空に出現する。
西暦2027年春。人類は未知との遭遇を体験した。
「我々は紳士的宇宙人ベイダー。今回地球を来訪したのは、侵略のためです」
緑色の顔に単眼をした人型宇宙人は、事前に学習していたのか、英語で地球大統領にいきなりそう告げた。
「侵略……ですと! まさか戦争を仕掛けてくるというのですか!」
大統領が驚き叫ぶと、ベイダー代表はやれやれと言った様子で首を横に振った。
「どうやら我々が紳士的宇宙人と名乗った意味をご理解いただけていないようだ。我々ベイダーは戦争などという、野蛮で非生産的な侵略手段は好まない。仮に戦争になったとしても我々の科学力は地球人をはるかに圧倒している。地球すべての軍隊を滅ぼすのにはフォトンガンシップが10隻もあればまあ足りるでしょうな」
ベイダーの言葉に大統領の顔は青ざめる。
「で、ではどのような形で地球人とあなた方ベイダーが決着をつければいいのか……」
「我々は他星の侵略に当たっては、必ずその惑星のスポーツを用いて決着をつけることにしています。だから紳士的宇宙人と呼ばれているのですよ。ただ……どのスポーツで決着をつけるかに関しては我々にご一任いただきたい。我々ベイダーが誇る超AI・ファーザーがお互いにとって公正な競技を選んでくれることでしょう」
「それで競技がエクストリームドッジボールに決定したというわけですか」
大統領の説明に閣僚一同が声を上げる。
超AIファーザーが選択した地球対ベイダーで行う競技の種目はエクストリームドッジボール。
この選択肢に対して、地球側は異存を申し出なかった。なぜならドッジボールこそ今地球で最も熱い競技。参加者たちが望んでいないにしろ競技人口は児童の数だけ多く、優秀な選手を選び放題だからだ。
なんとか勝ったな、という安堵の思いが皆にはある。
「ベイダー側は実際の試合の前に、まず親善試合を二試合、提案してきました。我々地球人の力量を見極めたいというベイダー側の理由によるのでしょうが、恐れる必要はないでしょうな。試合にはこちらからも条件をつけ、選手は小学生児童に限る、としました。現在エクストリームドッジボールに強制参加させている児童の中から優れた生き残りを選べば、勝てます」
メガネのブリッジを人差し指でくいっと上げながら首席補佐官が述べると、場は弛緩した空気に包まれた。
全世界に配信される、日本・東京大ドームを舞台とした、地球人代表選手とベイダー代表選手によるエクストリームドッジボールの親善試合。
だがそれは一大惨劇の序章に過ぎなかった。
控え選手二十人。コート内に各チーム11人。外野に1人を置いて行われる公式ルールを適用した試合。
「えいやっ!」
小学生五年生ながらバーベル上げすら行うゴリラのような体躯の松田少年。
埼玉県浦和市在住で、授業のエクストリームドッジボールでこれまで二十人以上を殺害してきた、地球代表選手のエース。
「宇宙人を殺せ、松田! お前は埼玉の希望だ!」
会場から湧き上がる声援を受けて、松田少年は風きり音と共に、全力の一投をベイダーの選に叩きつけた。
「殺った!」
松田少年は確かな手ごたえを得た。
……が、しかし。
「へへっ、それで全力のつもりか、地球人?」
体に傷一つついていないベイダーの小学生選手、アルファ。いつの間にか受け止めていたボールを右手で器用にくるくると回転させながら松田少年を嘲笑する。
「ど、どうして……!」
「俺たちが着ているのは超硬鐵鋼製対ドッジプロテクトスーツ。大砲の一撃だって余裕で受け止める対攻撃スーツさ。さて今度はこっちの番だ」
アルファは巨大なバズーカのような装置にボールを入れると、松田に照準を合わせる。
「へへっ、地球のガキに俺らのテクを見せてやるよ」
ベイダー選手アルファが取り出したのは重粒子ドッジガン。ドッジボールの球をビームにして撃ちだす殺人兵器。
ビビビという音と共に発射された光が松田少年を包むと、ジュワっと異音が響き、その体を蒸発させていく。埼玉の希望は死んだ。
「反則! 反則!」
地球代表監督は反則だと抗議したが、ファーザーの審判では反則には当たらないと表示される。
「制圧攻撃ドッジキャノン!」
「近接格闘用ボールドッジサーベル!」
「逃げても無駄だ! 追尾ドッジミサイル!」
次々に繰り出されるベイダー兵器の数々に人類の代表選手たちは一人、また一人と命を落とす。
「もうやめさせてよ! あんなの適当にドッジって頭につけただけの虐殺じゃない!」
立ち食い蕎麦屋一平庵。店内のテレビに映し出される映像を見ながら、女性客の一人が至極正論を言いながら悲鳴を上げた。
「武器だなんてありゃ反則だろ! ひでぇや、地球代表の子供たちが可哀そうだ! 無効試合にするべきだろ! 」
同意したような店主の抗議に対し、冷静な声がかけられる。
「昔、ある漫画家は登場キャラクターの設定が悪魔だから人の常識は通じないと、公序良俗に反する描写を編集部に押し通した。同様に反粒子ドッジガンもまたドッジボールを利用した武器だから反則にはならない。奴らも言っていただろ、テクだと。テクノロジーの使用はテクニカルとして試合内で容認される」
厚削りの鰹節の出汁が利いたお値段250円のかけ蕎麦を食いながら解説する背の高い、風采の上がらぬジャージ姿の男。七味を二回、三回と蕎麦に振りかけながら彼は続ける。
「要するに説得力より納得力が大事ってことさ。漫画の演出にもよくある謎論理と同じだよ」
「……ドッジガンには誰も納得してねえと思うけど、あんた一体何者だ? 」
「単なるニートだよ。漫画を読み過ぎた犯罪者予備軍のニートさ」
男は自嘲すると、蕎麦のつゆをごくりと一口で飲み干し、立ち食い蕎麦屋を後にした。
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