第6話 血戦開始! 12VS 1000

 春も過ぎ五月某日正午。天気は晴れ、気温は異常にも三十度を越えて炎天である。


 試合本戦。


 会場は弾次の指定により東京大ドームではなく、縦横五十メートル以上のコートを持つ、平たい地形のお台場オープンアリーナとなった。

 会場の規模が数段階大きくなったのは、弾次だけの意見を汲んだからではない。先の試合で盛り上がり集まった分の客を入れる都合もあるし、なにより千人の選手団を擁するベイダー側の要求も入れねばならない。

 千人同時に収容するのはさすがのオープンアリーナでも無理で、同時にコートに入れるのは五十人程度になるが、とはいえ常時十二対五十になるという数的不利は変わらない。唯一の救いは、ベイダー側の観客が会場に入るのが禁じられている点で、前回の試合における狙撃の再犯が予防されているということか。

 前の試合同様に円陣を組むチームガイア。

 不利を承知しているが、彼らの士気は高い。

 弾次が激励する。


「数的不利だが、地球が舞台である限り俺たちは常にホームでの戦い。昔ある野球チームのファンはこういった。『負ける気がしない、地元だから』と。まさに地球は僕らの地元だ。負ける気がしないね!」

「弾次さんが断言するなら我々は勝つのでしょう。私が依然お伝えした金級神託、お役に立ちそうですか?」

「台与のお陰で作戦の段取りはバッチリだよ。チームガイアに栄光あれ!」


 戦いに挑むドッジ戦士たちの顔つきは、覚悟と誇りと自信に満ちている。彼らの姿を見て、弾次は本当に負けられないな、と再度決意する。


 ジャンプボールはいつものようにルパンが盗み、初手は丹波。


「伊賀忍術・八方手裏ボール!」


 投げられたボールが分身し、八つに分かれて同時に八人のベイダー選手を殺す。


「数が多いのならまとめて殺すだけ!」


 豪語する丹波。


「ルパン、どんどんボールを寄こせ! 八人ずつ殺しまくれば時間の節約だ! 素早く攻めるぞ!」


 だが丹波の元にルパンからのパスは来ない。

 ルパンが盗んだはずのボールは、彼の手元にない。


「すまねぇ、ボールが吸い寄せられちまった!」


 コートを全体に用いる予定のボール吸引マシンを外野、ルパンに限定して向けるという荒業で、ベイダー側はルパンによる永久攻撃ターンを封じにかかった。内野のボールを奪うことはできないがルパンさえ無力化できればいいという判断だ。


「盗られたら盗み返せ! 怪盗ならそれくらいの知恵を働かせんか!」


 丹波が怒鳴るが、コート外から弾次が止める。


「放置でいい! 仮にルパンが盗んで再度吸引されて、また取り返すというループになれば、人間であるルパンの方が先に限界を迎える。ここから先はボール奪取に関しては諦めて、交互に攻撃しあう普通のドッジボールをするんだ!」

「へへっ、普通のドッジボールなんてさせねぇよ! 重粒子ドッジランチャーフルチャージ! 死ねっ! 」


 ベイダー側に置かれたランチャーがエネルギーの光を発し、チームガイアを襲った。狙われたのはホームズ。撃ちだされた光線を、しかしホームズは容易く回避する。


「光の速さを見切っただとぉ!」

「これが私の『軌道推理』。攻撃の回避など相手の射角を見ればわかる。実に初歩的な推理だよ、ベイダーくん。そして私の推理は初歩の回避では止まらず応用へと派生する。すなわち……」

「ぎゃああああああああああ!」


ホームズが回避したドッジランチャーはホームズがいた地点を通過し遥か後方、ベイダー側の外野選手を直撃して焼き殺す。


「攻撃の軌道を推理して敵同士が自滅しあうように位置取りをする。軌道推理の真骨頂を味わってもらえたかね?」


 余裕で笑うホームズを前にベイダーが怒声をぶつけ合う。


「推理野郎は最後に狙うんだ! 先に他のトロそうな奴を殺せ!」

「おっとその前に死んだ外野の持っていたボールは拙者が拾った。五人程まとめて相手いたそう、ドッジ無住心剣『殺陣』の舞い!」


 夕雲の宣言通り、五人のベイダーが同時に緑の血しぶきを上げて倒れる。すでに外野を含めて十人以上を殺されたベイダー側に動揺が走る。


「こいつらつぇぇ!」

「ほらほら、控えはさっさと死ぬためにフィールドへ入って来んか!」


 ここぞとばかりに丹波が煽る。


「戦力の逐次投入は愚策だな……個別に餌食になるだけだ」


 状況を見て、マステマが指示を下す。


「ロボ軍団を投入しろ! ドッジトルーパーで一気に潰せ!」


 ついにベイダー科学技術局が誇るロボ・ドッジトルーパー部隊が投入された。

 自律思考で動くドッジトルーパーは地球文明では再現できない硬度のレアメタルで生成されており、防御は完璧。さらに各自がドッジレーザー兵器を各種採用し、高い攻撃力も誇る。今回の侵略に際して三十機しか用意できなかったトルーパーだが、戦争に用いれば数日で都市を落とすであろう超兵器。

 

 トルーパーの一機が早速ボールを奪い、ドッジレーザーをドラキュラ伯爵に向けて撃つ。


「我には効かぬぞ!」


 ブラム・ストーカーの原著通り日光を弱点としない伯爵は絶好調とまではいかないが能力を自在に発揮できる。レーザーに狙われると瞬時に体を霧に変え、攻撃を回避。そのまま攻撃へと反転しトルーパーに吸血を……できるわけがない。

 固い金属にカチカチと虚しく歯を立てると、伯爵は諦めて陣地へ引き下がった。


「まずいな、ロボットの存在は我のアイディンティティを否定する」


 伯爵に代わって攻撃を仕掛けたのは夕雲。心剣空間にトルーパーを拉致するが……。


「無理だな、斬れない。奴らは心を持っていないから勝負が成り立たない。まずいでござるな、ロボットの存在は拙者のアイディンティティを否定する」

「お前ら揃いも揃って無能か!」


 とルパンが外野で激怒するが、現状ではルパンもまた無能の一人。


「人間コロス人間コロス」


 無機質な音声と共に撃たれたトルーパーのレーザーは、コート内でアリの行列を熱心に見つめていた少年・ファーブルを撃ち貫く。ファーブルは何の役にも立たず死んだのか? 


 否、ファーブルの体はレーザーに撃たれた瞬間、四方に飛び散った。

 ファーブル昆虫記で知られる昆虫学者ジャン・アンリ・ファーブル。彼こそ自らの体を無数の蜂によって構成した、自在に蜂を扱う『虫使い』の能力者。


「ほほほ、効きませんよ。ところで私のお役目は『もう済んでいる』ので、放置しておいてくれませんかね……。どうせ蜂の毒はロボットに効きませんし」


 宙を舞いながらぼやくファーブル。

 トルーパーの攻撃はチームガイアの選手の多くに通用しないが、同様にチームガイアの攻撃もまた大半がトルーパーに通用しない。一時的に膠着状態が生じた。両者睨み合いが続くと思われた矢先である。


「はははは! この戦い、我々ベイダー側の勝利だ!」


 何に気付いたか、突如としてマステマが高笑いを始めた。怪しむ弾次に、親切にもマステマが解説する。


「まだわからないのか、天候だよ。現在、一体は異常なことに気温三十度以上で、ここはもはや亜熱帯。冷却システムを内部に持つトルーパーと違って、人間が長時間運動できる環境ではない。戦いは一見して膠着状態だが、実は時間の経過と共にお前らだけ、消耗を強いられているというわけだ。あと何時間、いや何十分耐えられるかな? 失策だったな、弾次。どんな縁起担ぎだったか知らんが、チームガイアはお前の指定した今日この日この時間、お台場という試合日程と会場選択により破れるのだ! 」

「なるほど……今日この日この時間、この場所という設定により破れる、か」


 弾次は伝う汗をハンカチで拭うと、腕時計を一瞥し、ドスを効かせた声でマステマに言い放った。


「その言葉そっくりそのまま返すよ、バカ野郎」


 弾次の言葉から数秒、大地が大きく揺れた。

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