第7話 海戦そして巨大ロボット
これは大地震の直前に観測される様々な異常現象、例えばネズミの集団が街を走るなど動物の異常行動であるとか、地震雲の観測などの現象を示す。必ずしも両者の因果関係を証明できないため、科学的といい難い用語であるが、今回は高い気温がこの宏観異常現象であったというべきか。
ともあれ、地震は起きた。
「地震だ! 大きいぞ!」
会場内から悲鳴が起きる。やがて地震が収まり悲鳴が止むと、誰かがふと気付いたように呟く。
「ここさ、海の近くだよね。津波、大丈夫かな?」
地鳴りと共に押し寄せる水、津波。
波の高さは0,2メートルと低め。一般的には波の高さが0.3メートル以上で津波注意報が発令されるレベルなので、逃げるに越したことはなく危険だが、大災害というわけではない。
だが海水はドームと違って海面と地続きになっているスーパーアリーナの会場を水で浸した。
「水の多寡は関係ない。重要なのは戦闘空間が『海』だという地形条件を認識させること。台与の神託によって俺はそれが実現可能な日と時間、場所を正確に把握していた」
水に足場を攫われないよう、高所に避難しながら弾次は語る。
「場所を海に限定して戦う者、伝説の海賊『赤髭』バルバロス・ハイレッディン。……さあ、君の時間だ」
チームガイアの控え選手二十人。彼らが試合に参加していなかったのは、ガレー船の乗員だから。海水が流入し、浸水したお台場スーパーアリーナの属性は現在、海。
実際の深さに関係なく、ガレー船が乱入してきてもなんら問題はない。
ガレー船……いやドッジガレー船と呼ぶべきか。眼下の水を見下ろしながら夕雲が心底から驚嘆の言葉を述べる。
「エクストリームドッジボールであるし、ロボット軍団登場の時点でオールジャンルだったとはいえ、まさか海戦に突入するとは拙者、思い至らなかったでござるよ」
「恐るべきは弾次殿の知略。ドッジ戦士の中に海を得手とするバルバロス殿がいた時点で、海戦の可能性に気付いていたのだろうな、しかしまず先立って伯爵を救出せねばなるまい。彼は流水を渡れないそうだ」
伯爵の救出劇を横目にガレー船を自在に操る赤く流麗な髭を蓄えた艦長。
ハイレッディン。意味するは『信仰の守り手』。
彼の持つバルバリーのガレー船の櫂は一列だけ。
青銅製の尖った衝角を持ち三枚の大三角帆と呼ばれる張ることで風を受け、瞬間十二ノットで航行することを可能とした一大機動兵器。
「艦長、指示を」
バルバロスに声をかけたのは控えに登録された二十人の乗員の一人、『海の英雄』ドラグート・レイス。対してバルバロスは部分メッキの柄に円形の溝が入った刀、ニムチャを掲げて号令をかける。
「野郎ども、ドッジトルーパーを潰せ!」
「おおう!」
了解の叫びと共に三十ポンド0銃砲が一斉に爆音を上げる。
至近距離で撃ちだされた弾丸を回避しようとした一機のトルーパーの行動を読んでいたとば
かり、バルバロスは衝角突撃を指示する。
トルーパーに向かい、風を切って進むガレー船の重量は五百トンを優に超える。その質量から生み出される衝角突撃の威力は、レアメタルで構成されたトルーパーすら貫く。
バチバチと紫電を放ちながら四散するトルーパー。
下手に大砲を回避するべきではなかった、とトルーパーに気付かせる暇もなく、戦いは破壊を繰りかえすガレー船の独壇場。
やがて間もなくトルーパー部隊が全滅すると、ドラグーンが何かに気付いた様子でバルバロスに報告する。
「艦長、津波の水が引いてきます。これ以上、ここを海と言い張るのは難しいですぜ」
「戦果は挙げた。野郎ども、撤退だ!」
暴れ放題に暴れると、ガレー船は一方的に時空の彼方へと消えていく。
選手として本登録されているバルバロスはその場に残り、内野に陣取るが、やる気はあまりなさそうだ。
「ドッジトルーパー部隊が全滅……だと信じられぬ、到底信じられぬが……」
震えるマステマの脳裏を創世騎士団筆頭騎士長アズマの姿が過る。
「奴らの……創世騎士団長の介入だけはまずい。かくなる上はもはや仕方ない、終末兵器を使うまでだ。弾次、終末兵器を使うところまで我々を追い詰めたお前が悪いのだぞ! 東京都民に詫びながら死ねっ! 」
マステマが指令を下すと、宇宙に浮かぶから巨大なカプセルが発射された。
カプセルは見る間に大気圏を突破すると、お台場オープンアリーナに落下する。
「なんだ……あの大きなカプセルは?」
驚く弾次の目の前でカプセルがウィーンと音を立てて開くと、中から一体の機械の巨人が姿を現す。
全身を水色の流体金属に覆われ、関節部の存在すら見えない完璧な人型をした機械の彫像……芸術品の域に達した外観の壮麗さは、人類が生み出すあらゆる物に勝るだろう。
全高三十メートルの大型ロボット・対惑星用終末兵器アストロン。
ベイダーの誇る科学力の粋を結集した兵器の指令室にはマステマ自らが乗り込み、決死の覚悟で指揮を執る。
「ドッジ巨大ロボ……にしてもさすがに無理があるなぁ。正直台与にはこっちの出現を神託して欲しかったよ」
アストロンの威容を目にしてぼやく弾次。
アストロンの巨体はセンターラインを踏んでおり、公式ルール的にオーバーラインという反則である。
だが今更反則を主張したところで、マステマが聞きいれるとは思えない。むしろアストロンを使って世界征服をした方がドッジボールするより早い可能性がある。
「準戦争行為なんて本末転倒だが、あちらが巨大兵器を使うのなら仕方ない。メルクリウス、頼んだ!」
「お任せあれ」
白のベールを身にまとったメルクリウス。
別名をヘルメス・トリスメギトス。
錬金術の考案者にして、賢者の石を作り上げた諸芸の達人という逸話を持つ神話的な人物。
メルクリウスは一つの泥人形を取り出すと魔方陣で囲み、柄にAzоthと刻まれた怪しげな短剣を振るい詠唱を始める。
「泥の胎児、人の祖アダムの恥ずべき無知の兄弟にして人ならぬ悲しき粘土よ。真理の名のもとに今ここに仮初の命を持ち従え!」
泥人形は見る間に大きくなり、やがてはアストロンと並ぶほどの巨体に育つ。
「行くがいい、ドッジゴーレム! アストロンを打ち倒せ!」
ゴーレム作成はカラバの秘術だが、錬金術の祖であるメルクリウスならば容易に創造しうるのだ。
周囲を圧して、ゴーレムとアストロンの二大巨人による死闘が始まる。
アストロンは熱光線を発射してゴーレムの体を焼くが、ゴーレムは基本が泥なのでノーダメージ。
アストロンの武装とゴーレムの相性の悪さを察したマステマは、殴り合いで決着をつけようとするがパワーも互角。
「ベイダーの科学力の結晶が、たかが泥人形に圧されるだと! なにかこやつに弱点はないのか……!」
焦り、モニターからゴーレムの様子を凝視するマステマ。するとゴーレムの額に文字が刻まれているのが目に入る。
「emeth……。地球の古語で真理を意味する言葉か。はっ、見えたぞ弱点! 頭のeの文字を破壊すれば残りはmeth! つまりは死を意味するというわけだ!」
マステマの命令により、アストロンの巨腕の一撃がマステマの頭部に叩きこまれる。ベイダー一の知恵者マステマだから理解できたゴーレムの弱点。
どろどろと盛大な土の奔流になり崩れ去るゴーレム。
マステマが大声で笑う。
「私の勝ちだ弾次! この勢いで、残るドッジ戦士も全員踏み殺してやる!」
「いいや、お前の負けだよ、マステマ」
地上で弾次が呟くと同時に、天から一条の光が差し、アストロンの巨体を焼いた。
「これは母星の恒星間処刑砲……。なぜだファーザー! なぜ私を裁く……!」
マステマは死の最期まで思い出すことがなかった。
『ヘッドアタック』。
選手ではないゴーレムを含む『いかなる対象』であれ、故意に頭への攻撃を行った者は強制退場すると、自ら誓っていたことに。
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